TRENDIA CLASSIC

三十三の死

素木しづ子

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いつまで生きてていつ死ぬか解らない程、不安な淋しいことはないと、お葉は考へたのである。併し人間がこの世に生れ出た其瞬間に於いて、その一生が明らかな數字で表はされてあつたならば、決定された淋しさに、終りの近づく不安さに、一日も力ある希望に輝いた日を送ることが、むづかしいかもしれない。けれどもお葉の弱い心は定められない限りない生の淋しさに堪へられなくなつたのである。そして三十三に死なうと思つた時、それが丁度目ざす光明でもあるかのやうに、行方のない心のうちにある希望を求め得たかのやうに、限りない力とひそかな喜びに堪へられなかつたのである。

お葉は十八の年、不具になつた。

「これからなんでもお前の好きなことをしたがいい。」

一人の母親はそれが本當に什うでもいいやうに、茫然とお葉の顏を見て言つたのである。庭の椿の葉の上から、青空が硝子の樣に冷たく澄んでゐるのを見てゐた彼女は、急に籠を出された小鳥のやうに、何處へ飛んで行かうといふ、よるべない空の廣さに堪へられない淋しさを感じた。