ゼーロン
本文約14,400字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
彫刻家・経川槇雄が制作した自身の等身大ブロンズ胸像の処分に窮した主人公は、山深い龍巻村の知人宅へ預けることを決意する。登山袋に胸像を背負い、塚田村で借り受けた馬・ゼーロンと共に、難所や深い森が待ち受ける険しい道中を急ぐ。道中、胸像を売却しようとする誘惑や過去の記憶との対峙に葛藤しながら、目的地である山峡の屋敷を目指して奔走する放浪作家の、不安定な心境と道中の過酷な旅路を描く物語である。
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更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。――諸君は、二年程前の秋の日本美術院展覧会で、同人経川槇雄作の木彫「」「牛」「木兎」等の作品と竝んで「マキノ氏像」なるブロンズの等身胸像を観覧なされたであろう。名品として識者の好評を博した逸作である。
いろいろと私はその始末に就いて思案したが、結局龍巻村の藤屋氏の許に運んで保存を乞うより他は道はなかった。兼々藤屋氏は経川の労作「マキノ氏像」のために記念の宴を張りたい意向を持っていたが、私の転々生活と共にその作品も持回わられていたので、そのままになっていたところであるから私の決心ひとつで折好き機会にもなるのであった。
私は特別に頑丈な大型の登山袋にそれを収めて、太い杖を突き、一振りの山刀をたばさんで出発した。新しく計画した生活上のプロットが既に目睫に迫っている折からだったので、この行程は最も速やかに処置して来なければならなかった。で私は、早朝に新宿を起点とする急行電車に性急な登山姿の身を投じ、終点の四駅程手前の柏駅で降りると息をつく間もなく道を北方に約一里溯った塚田村に駆け登って、予定の如く知合いの水車小屋から馬車挽き馬のゼーロンを借り出さなければならなかった。近道のみを選んでも徒歩では日没までに行き着くことが困難であるばかりでなく、途中の様々な難所は私の信頼するゼーロンの勇気を借りなければ、余りに大胆過ぎる行程だったからである。