聞く所によれば野蛮人は赤色を愛すると云うが、我輩文明人にしても尚野蛮の域に居る所の子供は赤色を好み、段々と大きくなるに従って、色の浅いものを好むようになる、而して純白色のものを以て最も高尚なものとするのは、我輩文明人の常である、左れば染色上の嗜好より人の文野を別てば、白色若しくは水色等を愛する者は最も文化したるもので、青色だの紅色だの又は紫抔を愛するものは之に中し、緋や赤を好む者は子供か又は劣等なる地位に居るものと言うて良い、扨て是から猫は如何なる染色を好むかに就て述べるのであるが、矢張り野蛮人にも及ばぬ猫のことなれば、其好む所の色は燃ゆるが如き赤色であるらしい、併し是れは確乎としたことは言えないが、数回の調査は殆ど一致して居るから、先ず斯様に仮定するのである、我輩は平太郎と彦次郎と久子の三匹を置いて、赤い紐と、白い紐と、青の紐と此三種の異なりたる紐を出し、少しく引摺って見た、然るに其結果は何れも赤紐に来たのである、更に此通りにして第二回の調査を為したるに、又同じく何れも赤い紐に飛び着いた、第三回の調査にも矢張り赤い紐に飛び着き、如何にも嬉しそうにして居た、今度は我輩の家人をして斯く為すこと三回ならしめたるに、矢張り同じく赤い紐に飛着き、次は青い方に向い、白い方には来なかったと言うて居る、此紐に於ての調査は兎に角猫は赤色を最も好むと言うことを得せしむるのであるが、今度は品を代えて赤と、青と、白とのリボンを首に巻き着けて見た、処が何れの猫も赤いリボンの首環を喜ぶものの如く、白いリボンを着けた時よりも、余程嬉しげに飛び廻って居たのである、是も我輩の見る処と家人の見る処と一致した、今度は更に赤と白と青との涎掛を作りて、矢張り首に纏いたるに、是れ亦前と同じく赤いのを喜んだ、我輩の家人も同様に観察して、其見る所同一であったから、茲に猫は赤色を好むと言うて可かろう、左りながら猫によりては少しも感ぜぬのがある、又年齢によりて相違がある、而して其赤色に飛着くのは幼少な猫程早く稍や老いたるは甚だ遅かった、又或猫は赤にも白にも青にも何の感興を起さなかったように見えたから、凡ての猫は必ず赤色を愛するものであるとは言えまいが、実験は甚だ少数なれども、我輩が調査したる範囲に於ては、猫は赤色を愛するものと言うても差支はないのである。