本文へ移動
TORENDIA

蕎麦の味と食い方問題

本文約10,600字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

蕎麦の歴史的変遷や種物による違い、正しい食し方や店での振る舞いを論じる。著者は蕎麦屋の調理技術や不潔な店舗環境、器の衛生面に対する懸念を指摘する。また、栄養学の観点から風味を軽視する風潮に疑問を呈し、蕎麦本来の味を追求する重要性を説く。さらに、大衆化する中で失われゆく粋な蕎麦の味わいや、現代の店における改善策として店舗形式の刷新や使用する道具の見直しについて提言を収める。

村井政善

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 15

その昔、武士と通人は「もり」、町人は「かけ」を好み、百姓は「饂飩」と定まっていたという話があります。

蕎麦の味は「もり」にあり、種物食うべからずという位のものとされているなどと通人はいっています。この「もり」の水が切れるか切れないかというちょっとした間は、蕎麦の一番旨いものとされているのであります。水気が多く残っていてもいけないし、またもそもそにのびてしまってはなおさらいけないもので、旨いという時は水気を切ったその時であります。

蕎麦は硬い方がよいなどと通人のような「キザ」なことをいって、生蕎麦を食って喜んでいる人もあるというから、人はさまざまであります。

専門家にいわせると、「もり」は蒸籠の四隅に盛って平らにならして出すのは本当であるといっています。そうすると箸でつまんでするするといつまでも続いて立って食わねばならないようなことになって、これがよいとされているのでありますが、面倒といった風に真中へ盛り上げて四方に広げるものですから、引いても引いても蕎麦が固まり続いて、顔を横にして食い切ったり箸ではさみ切ったりすることになります。これは蕎麦屋の職人が悪いからでありますが、これなども主人の心得一つであります。また素人で通ぶって「どうも蕎麦は箸ではさんで千切れるようなのはいけない、するするつながって来る方がよい」などという人があるのですから、段々蕎麦も悪くなり、また職人も不真面目になってごまかしものを作ったり支那蕎麦を拵えたり、時には蕎麦か饂飩の見分けのつかぬものを作るようになるのであります。

蕎麦の食い方は、箸ではさんで尻の方を一寸三分ばかり汁へつけて、箸の方から口へ入れ、一度汁のつかないままで、口でしめしてから本当の蕎麦の味と香気を味わいて後、静かに汁のついている方を吸い込んで煮出汁の味が分るものであります。

同じジャンルの朗読つきの本