TRENDIA CLASSIC

水汲み

徳冨盧花

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玉川に遠いのが第一の失望であつた。井の水が悪いのが差当つての苦痛であつた。

井は勝手口から唯六歩、ぼろ/\に腐つた麦藁屋根が通路と井を覆ふて居る。上窄りになつた桶の井筒、鉄の車は少し欠けてよく綱がはずれ、釣瓶は一方しか無いので、釣瓶縄の一端を屋根の柱に結はへてある。汲み上げた水が恐ろしく泥臭いのも尤、錨を下ろして見たら、渇水の折からでもあらうが、水深が一尺とはなかつた。

移転の翌日、信者仲間の人達が来て井浚へをやつてくれた。鍋蓋、古手拭、茶碗のかけ、色々の物が揚がつて来て、底は清潔になり、水量も多少は増したが、依然たる赤土水の濁り水で、如何に無頓着の彼でもがぶ/\飲む気になれなかつた。近隣の水を当座は貰つて使つたが、何れも似寄つた赤土水である。墓向ふの家の水を貰ひに往つた女中が、井を覗いたら芥だらけ虫だらけでございます、と顔を蹙めて帰つて来た。其向ふ隣の家に往つたら、其処の息子が、此家の水はそれは好い水で、演習行軍に来る兵隊なぞもほめて飲む、と得意になつて吹聴したが、其れは赤子の時から飲み馴れたせいで、大した水でもなかつた。

使ひ水は兎に角、飲料水だけは他に求めねばならぬ。