イボタの虫
本文約11,300字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
重態に陥った姉を見舞うよう兄から告げられた主人公は、母の指示で姉の薬となる「イボタの虫」を買いに走る。瀕死の姉に売薬を飲ませることへの懐疑心や、自身の放蕩な生活への悔恨を抱きながら、薬を求めて店を彷徨う。科学を信じる兄や取り乱す母の姿に動かされ、非科学的な治療法と死の受容の間で揺れ動く主人公の心理と、姉の危篤から逝去までを描く私小説。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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無理に呼び起された不快から、反抗的に、一寸の間目を見開いて睨むやうに兄の顔を見あげたが、直ぐ又ぐたりとして、ヅキンヅキンと痛む顳を枕へあてた。私は、腹が立つてならなかつたのだ。目は閉ぢはしてゐても。枕許に立つてゐて自分を監視してゐるであらう兄の口から、安逸を貪ることを許さないと云ふ風な、烈しい言葉が、今にも迸りさうに思はれてゐたのだ。
兄は併し、急き立てて私の名を呼びつづけようとはしなかつた。もう私が目を醒したのだと知ると、熟睡のあとの無感覚な頭の状態から、ハツキリした意識をとり戻し得るだけの余裕を、十分私に与へてやると云ふ風に暫く黙つてゐた。で、流石に私も寝床に執着してゐる自分が恥ぢらはれて、目を見開いて了はうとするのだつたが、固く閉ぢられてゐた私の瞼は、直ぐには自分自身の自由にもならなかつた。ともすると兄の寛大に甘えて危く眠り落ちさうになつてゐた。
「起きろよ」
突然に又兄の鋭い声がした。劫かされたやうに、私は枕から顔を放して、兄の顔を視守つた。二言三言眠り足らない自分を云ひ訳しようとでもする言葉が、ハツキリした形にならないまま鈍い頭の中で渦を巻いてゐた。
「いま――何時なの」
やがて、かう訊いたのだ。が、併し、兄はそれには答へなかつた。私は一寸てれて机の上の置時計を見た。七時半であつた。
「二時間位しか、眠りやしない……」
私は半分寝床から体を這ひ出しながら、口を尖らせながら、呟くやうに云つた。さう云ふ私を、兄は非難しようとさへしなかつた。
「兎も角起きろ。――起きて、着物を着かへてキチンと帯をしめろ、たいへんなことになつたんだ」
かう、妙に沈んだ声で云ふのだつた。これは少し何時もと様子が違つてゐると思つて、私はかすかな不安を覚えながら、節々の痛む体を無理に起して寝床から放れた。――帽子も被つたまま、オーバコートも着たままの、役所へ行きがけらしい兄の姿をもう一度よく視守つて、何か云はうとしてゐると、
「美代が悪いんだ」と、兄は怒つてでもゐるやうな恐い顔をして、押つ被せるやうな強い口調で云つた。
「姉さんが?――姉さんには昨日僕あつたんだけれども……」