TRENDIA CLASSIC
能楽論
野口米次郎
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『あなたが橋掛りで慎しやかな白い拍節を踏むと、
あなたの体は精細な五官以上の官能で震へると思ふ……
それは涙と笑の心置きない抱合から滲みでるもの、
祈祷で浄化された現実の一表情だ、
あなたは感覚の影の世界を歩く……暗いが澄み切つた、冷かで而かも懐しい。
ああ、如何なる天才があなたを刻んだか、
彼はあらゆる官能の体験を蒸留し、蒸留し、
最後に残つた尊い気分をあなたに与へたに相違ない。
故に、あなたは特殊の広い深い想像の世界……いや詩の世界に目覚めた。
私はあなたを見て、いつも感情の貯蔵とその表現に驚く、
あなたは偉大な感情の保留者だ、
あらゆる世界の舞台で、あなたのやうな感情の節約者は見出されない。
(真実の芸術は感情の節約から始まる。)
然しあなたは、適当な一語勢を得て即座に涙となり、
また笑ともなる。
(私は笑と涙が同根元から流れ出ることを知つてゐる。)
ああ、何たる中性的驚異があなたにあるであらう。
あなたの細長い眼を高く離れた所にある一対の眉、
割にふとく低くどつしりと坐つた鼻、
白い歯並を見せた下唇が上の方へしやくり上つた小さい口、
如何なる女でも、自分の類似をあなたの何処かに見出すであらう、
あなたは一箇の女でない、
すべての女だ、
すべての女を臼で砕き、その粋を集めて出来たものが即ちあなただ……
あなたはすべての女の幽霊だ。』
一