TRENDIA CLASSIC

世界怪談名作集

フランス Anatole France

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これは、ある夏の涼しい晩に、ホワイト・ホースの樹の下にわれわれが腰をおろしているとき、ヌーヴィユ・ダーモンにある聖ユーラリ教会の堂守が、いい機嫌で、死人の健康を祝するために古い葡萄酒を飲みながら話したのである。彼はその日の朝、白銀の涙を柩おおいに散らしながら、十分の敬意を表して、その死人を墓所へ運んだのであった。

死んだのは、わたしの可哀そうな親父ですが……。(堂守が話し出したのである)一生、墓掘りをやっていたのです。親父は気のいい人間で、そんな仕事をするようになったのも、つまりはほうぼうの墓所に働いている人たちと同じように、それが気楽な仕事であったからです。墓掘りなどをする者には「死」などという事はちっとも怖ろしくないのです。彼らはそんな事をけっして考えていないのです。たとえば私にしたところで、夜になって墓場へはいり込んでゆくくらいのことは、まるでこのホワイト・ホースの樹のところにいるくらいのもので、少しも気味の悪いことはないのです。どうかすると、幽霊に出逢うこともありますが、出逢ったところで何でもありませんよ。私の親父も自分の仕事については、私と同じ考えで、墓場で働くくらいの事は何でもなかったのだと思います。私は死人の癖や、性質はよく知っています。まったく坊さんたちの知らないことまでも知っています。私が見ただけの事をすっかりお話しすれば、あなたがたはびっくりなさると思いますが、話は少ないほうが悧口だと言いますからね。私の親父がそれでして、いつもいい機嫌で糸をつむぎながら、自分の知っている話の二十のうちの一つしか話さない人でした。この流儀で、親父はたびたび同じ話をして聞かせましたが……。そうです、私の知っているだけでもカトリーヌ・フォンテーヌの話を少なくも百度ぐらいは話しました。