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TORENDIA

ことばのうみのおくがき

本文約12,100字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

明治八年、文部省報告課において日本辞書編纂の命を受けた大槻文彦が、十七年の歳月を費やして辞書を完成させるまでの経緯と苦闘を綴る。古今雅俗の語彙を網羅する難事業に挑む中で直面した、語原解明の困難や、印刷・刊行における度重なる障礙、そして学問の道に対する自らの信念を詳述する。完成に至るまでの長き年月と、辞書編纂という巨大な事業に身を捧げた一学者の執念と葛藤の記録。

大槻文彦

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先人、嘗て、文彦らに、王父が誡語なりとて語られけるは、「およそ、事業は、みだりに興すことあるべからず、思ひさだめて興すことあらば、遂げずばやまじ、の精神なかるべからず。」と語られぬ、おのれ、不肖にはあれど、平生、この誡語を服膺す。本書、明治八年起稿してより、今年にいたりて、はじめて刊行の業を終へぬ、思へば十七年の星霜なり、こゝに、過去經歴の跡どもを、おほかたに書いつけて、後のおもひでにせむとす、見む人、そのくだ/\しきを笑ひたまふな。

明治七年、おのれ、仙臺にありき、こは、その前年、文部省のおほせをうけたまはりて、その地に宮城師範學校といふを創立し、校長を命ぜられて在勤せしをりなりけり。さるに、この年の末に、本省より特に歸京を命ぜられて、八年二月二日、本省報告課(明治十三年に、編輯局と改められぬ。)に轉勤し、こゝにはじめて、日本辭書編輯の命あり、これぞ本書編輯着手のはじめなりける。時の課長は西村茂樹君なりき。

その初は、榊原芳野君とともに、編輯のおほせをかうむりたりしに、幾ほどなくて、榊原君は他にうつりて、おのれひとりの業とはなりぬ。後に聞けば、初め、辭書編輯の議おこれる時、和漢洋を具微せる學者數人、召しあつめられむの計畫にて、おのれは、那珂通高君の薦めなりきとか聞きつる。又これよりさきに、編輯寮にて語彙を編輯せしめられしに、碩學七八人して、二三年の間に、わづかに「あ、い、う、え」の部を成せりき。横山由清君もそのひとりなりしが、再擧ありと聞かれて、意見をのべられけるは、「語彙の編輯、議論にのみ日をすぐして成功なかりき、多人數ならむよりは、大槻一人にまかせられたらむには、却て全功を見ることあらむ、」といはれたりとなり。此事、横山君の直話なりとて、後に、清水卯三郎君、おのれに語られぬ。此業の、おのれひとりの事となれるは、かゝる由にてやありけむ。

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