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父が若い時にあつめた“Cook book”の文庫のうちに“American's popular Cook book”といふ、表紙にブルクリン橋の写真のついた、大きい本で重くて気の毒だが、画布のやうな布で作られてゐる本があるから、此処に寄る時にそれを持つて来て呉れないかといふことを私は、弟に言伝てた。
「いくら探しても無かつた。第一そんな文庫もありはしない。これと、あと二三冊、表紙の文字も読めない程よごれてゐるのがあつたゞけだつた。止さうと思つたが、一冊だけ持つて来た。」
友達と一処にアルプス登山に行くついでに立ち寄つた私の弟は、何となく赤い顔をして伴れの自分の友達を顧慮しながら、登山袋の中から表紙などはすつかりボロになつてゐる部厚な本を取り出した。
「これぢやいけないだらう?」と私は、私の友達であるHに訊ねた。“American's popular Cook book”を、昔、その文庫を見たことのあるHが欲しいと云つたのであつた。
「……“Presidential Cook book”と? …… the Old festival Volume, ナンバー・ワンだつて! これは困つた、古式の何かだよ。真似どころの騒ぎぢやない。」とHは、自身と吾々に対してその本の表題から皮肉を感じたらしく苦笑した。私は、Hの手でめくられてゐる絵の頁をのぞき込みながら、子供の頃この彩色版を絵本のやうにして眺めたことのある記憶を呼び返された。
「おや、何か入つてゐたよ。」と云つてHは、それが字の書いてあるエハガキであることに気附いたので、見ずに私の膝に投げた。
「今月ノ君ノ写真ハコノ前ノ君ニクラベルト見チガエルホド大キクナツタ、余モコノトホリ元気ダ、余ハ今年ノ夏ヲミシガントイフ湖ノソバデオクル。次ノ手紙ヲ待テヨ。母上ノ命ヲ守リテ、シンイチヨ健在ナレ。常ニ君ニ親愛ヲモツ君ノ父ヨリ。」
「何日に帰つて来るのか、はつきり云つて寄越してお呉れツて阿母さんが云つてゐたが――」