TRENDIA CLASSIC

祝福された星の歌

牧野信一

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麓の村から五哩あまり、馬の背で踏み入る森林地帯の山奥――苔むした岩々の間を、隠花植物の影を浮べて、さんさんと流れる谿川のほとりに営まれた伐木工場の丸木小屋の事務所に、その頃私はアメリカ生れのフロラと共に働いてゐました。私達の夫々の父親達の共同の仕事だつたからです。たしか、私が、文科の大学生活を終へた同じ年のことで、何故か私は文学よりも、哲学に憧れを寄せはぢめて、身をもつて健やかな生活に、つまり、いとも花々しい労働に没頭することから端を発して幽遠な精神上の光りの国へ憧憬の翼を差し伸したい――そんな風な、云はゞエピクテイタス流の希ひに胸をふくらませて居りました。で私は、毎朝々々、頑固な目醒時計を鳥共と一処に鳴らして、飛び起きると、働け/\の「森の鍛冶屋」の歌を口吟みながら、馬に乗つて朝霧の深い谷間を飛んで、斧の音の丁々と打ち響く伐採場へ走ります。空に唸りを巻き起しながら倒れて行く大木の倒れるのを眺めて、夢にもない朗らかな叫びを挙げました。鈴を鳴らして急坂を滑る橇に打ち乗つて、ブレイキを握りながら風を切つて、口笛を吹きます。夜ともなれば、終日の働きで爽やかな疲れを覚へた身を、炉端の、ランプを低く灯した小屋の窓下で、フロラに日本語を教へたり、読書に吾を忘れて、膝の上から書物が滑り落ちるまで現の遠い幻の国に遊びました。

それはさうとして、いつの間にか夏が過ぎ、秋が暮れて――いつそ、このまゝ、今年のクリスマスは、この小屋で迎へようと語らふ冬となりました。ダツデイ達は、私とフロラの決心をまことに勇壮なものと認めて、ほのぼのとしながら山を降りました。

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