TRENDIA CLASSIC
冬物語
牧野信一
1 / 5
一
その田舎の、K家といふ閑静な屋敷を訪れて、私は四五年振りでそこの古風な庭を眺めることを沁々と期待してゐたが、折悪しく激しい旋風がこゝを先途と吹きまくつて止め度もなく、遥かの野面から砲煙のやうに襲来する竜巻の津波で目もあけられぬ有様だつた。
「何もこの風は、けふに限つたことではありはしない。大体冬ぢうは吹き通す風さ。」
とK家の主の銑太郎は、風流さうな顔つきを曝して遥々とやつて来た私をわらつた。私も吾ながらの迂闊さを後悔したが、そんな激しい風が、何も事更でもないといふやうな土地の、身を切らるゝ寒さは想像にあまるものであつた。
私は座敷にあがつてからも、暫くの間は胴震ひが収まらなかつた。硝子戸の外に庭をすかしても、灰色の風巻に踊る木ノ葉の吹雪が雄叫びを挙げて狂つてゐるばかりで泉水の在所さへも指摘し難い凄じさであつた。折々大鯉が跳ねあがつたかのやうに落葉に埋れた池の水が水煙を挙げたが、それも勿論鯉などは水底に息を殺して瞑目してゐるのみで、凜烈な風の剣打ちで、だがそれで始めて水の溜りが想像されるのであつた。その度毎に長い回廊の硝子戸が一勢に胴震ひして、稍ともすると対手の言葉さへもが聞きとれぬ底の、りんりんたる木枯が悲鳴を挙げて吹き荒んでゐた。
「驚いたね、冬ぢうこんな風だなんて、憂鬱極まるぢやないか。」
私は思はず銑太郎に罪でもあるかのやうに、そんな不平の音を挙げた。
「とても堪らんよ。」
と銑太郎も滾した。「この村の人達の顔色は素焼の土瓶のやうだが何も腎臓病といふわけではなく、先祖伝来この風に吹きまくられてゐる所為で、意外にも長寿者の数は近郊随一だよ。それにしても斯んな風に吹きまくられて、九十年も生き度くはないね。」
牧野信一の他の作品
TRENDIA CLASSIC
今年発表の作品
牧野信一
今年発表の作品
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
〔作者の言分〕
牧野信一
〔作者の言分〕
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
自己紹介
牧野信一
自己紹介
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
十年ひと昔
牧野信一
十年ひと昔
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
昭和十年度に於
いて最も印象に
残つたもの
牧野信一
昭和十年度に於いて最も印象に残つたもの
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
昭和四年に発表
せる創作・評論
に就て
牧野信一
昭和四年に発表せる創作・評論に就て
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
処女作の新春
牧野信一
処女作の新春
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
推奨する新人
牧野信一
推奨する新人
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
一九三二年に計
劃する
牧野信一
一九三二年に計劃する
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
一九三〇年型
牧野信一
一九三〇年型
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
〔同人雑記〕
牧野信一
〔同人雑記〕
牧野信一 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
南風譜・梗概
牧野信一
南風譜・梗概
牧野信一 ・ 約1分