TRENDIA CLASSIC

サロメと体操

牧野信一

1 / 5

学生であつた私は春の休暇で故郷の町に帰つてゐたが、うちでは勉強が出来ないと称して二三駅離れた海辺の村へ逃れてたつた独りで暮してゐた。そしてヘツペル先生へ長い手紙ばかりを書いてゐた。主に象徴的な文字で架空的な悩みを訴へるのであつた。間もなく先生からの便りで、わたしも君と共々に清澄な田園で祈りの生活を送りたいから適当な部屋を探して欲しいといつて寄こした。先生は最も敬虔なロマン・カトリツク教徒で、明快なる独身主義者であつた。私は東京の大学生である傍ら、横浜にあつた先生の私塾の語学の弟子であつた。たしか先生はそのころ四十五歳だと申されてゐたと思ふ。

夕暮時に私が、先生のその手紙を読んで泉水の傍らで腕組みをしてゐると、

「丁字の香ひが大変ね!」

と呟きながら、満里子が慌しい靴音をたてゝ石段を登つて来た。――「妾も今日からこゝの部屋を借りて、此方で勉強することにしたのよ。いいでせう?」

「いけないといつたら帰るかへ?」

「何いつてんのさ、あんたの勉強なんて何うせ小説を読む位ゐのものぢやないの、いくら気六かしさうな顔をしたつて平ちやらだ。」

別段に交際といふほどのこともなかつたが幼い時分からの習慣で、何んな類ひの私達の往来でもどちらかのうちの誰でもが気にもしなかつたのであるが、そしてまた私達にしろ平気であつたのだが、仔細に考へて見ると私だけがいつの間にか彼女からとりどりの憂鬱を感ずるやうに変つたらしく、どうやら私の厭世思想も因をたゞせば至極簡単に変則な「片恋ひ」の上にかゝつてゐるらしかつた。恋してゐるのかと思へば気も狂はんばかりに満里子が恋しくなるのだが、顔さへ見なければ、今帰つたばかりの彼女の顔がもう思ひ出せないといふ風な白々しさで、その癖無闇に漠然と切なく恋しく――私は、自分のそんな痴想を堕落と考へて、真夜中になるとほんたうに涙を滾した。私にそんなに突飛な憂鬱が襲つてゐるといふことを夢にも気づかぬために満里子は、そんなに無邪気なのか、それとも誰に対してもさういふ性質なのか――などゝ私は頗る真面目に考へて「つまりあゝいふ風な女性を娼婦型とかヴンプ型とか称ふのであらうか?」

牧野信一の他の作品