TRENDIA CLASSIC

ベツコウ蜂

牧野信一

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ひとりのスパルタの旅人が述べてゐた。

「わたしの国では凡ての人が、若しも乱酔者を発見した場合には直ちに彼を捕縛して厳罰に処し、鉄窓のもとにつなぐべき権利を附与されてゐる。更に法律は、犯人に如何なる口実があらうとも裁判に問ふべき余地をも許さず、従令それがデイオニソス酒神の祝祭日であらうとも断じて彼を釈放せしめなかつた。」――と。

僕は、まことに極りもなく野卑であり、破廉恥なる屋根裏の乱酔者であつた。あれからもう既に六十日にちかい月日が経つて、蝉の声はすつかり止絶えて、わづかばかりの赤トンボと秋型の黄蝶がちらほらとしか飛んでゐない頃となつた。僕が、乱酔者たる自身を、自ら捕縛して、この人里離れたる森蔭の小屋に閉ぢ込めて以来、好くも長い孤独の日々に堪へて来たものとさへ思はるるのだ。僕は、まるで犯罪者のやうに兢々として、出遇ふものゝ眼である限りは蜂や蜻蛉のそれでさへも怕れ戦くほどの怯惰なる心を抱いて逃げて来た。僕は、捕虫網と毒瓶と魔酔薬と展翅板と解剖器と標本箱の類ひを槍や楯のやうに抱へ込み、そして一てうのギターを背中につけて逃げ伸びて来た。君にすらハガキも書かなかつた。どうしてしまつたことであらうと、おそらく君は苦い感に打たれてゐるだらうと推察する。

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