ベツコウ蜂
本文約10,600字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
破廉恥な乱酔者として森の小屋に隠れ住む僕は、逃避先の田舎で自然の虫類の営みに圧倒され、虚無を抱えながら日々を過ごす。ある日、川辺でベツコウバチと脚長蜘蛛の激しい格闘を目撃し、決死の撮影を試みる。その後、近隣の医師や妾との予期せぬ遭遇を経て、自身の抱える不自然な生活や心の迷いと対峙し、人間同士の衝突に巻き込まれていく様子を描く。
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一
ひとりのスパルタの旅人が述べてゐた。
「わたしの国では凡ての人が、若しも乱酔者を発見した場合には直ちに彼を捕縛して厳罰に処し、鉄窓のもとにつなぐべき権利を附与されてゐる。更に法律は、犯人に如何なる口実があらうとも裁判に問ふべき余地をも許さず、従令それがデイオニソス酒神の祝祭日であらうとも断じて彼を釈放せしめなかつた。」――と。
僕は、まことに極りもなく野卑であり、破廉恥なる屋根裏の乱酔者であつた。あれからもう既に六十日にちかい月日が経つて、蝉の声はすつかり止絶えて、わづかばかりの赤トンボと秋型の黄蝶がちらほらとしか飛んでゐない頃となつた。僕が、乱酔者たる自身を、自ら捕縛して、この人里離れたる森蔭の小屋に閉ぢ込めて以来、好くも長い孤独の日々に堪へて来たものとさへ思はるるのだ。僕は、まるで犯罪者のやうに兢々として、出遇ふものゝ眼である限りは蜂や蜻蛉のそれでさへも怕れ戦くほどの怯惰なる心を抱いて逃げて来た。僕は、捕虫網と毒瓶と魔酔薬と展翅板と解剖器と標本箱の類ひを槍や楯のやうに抱へ込み、そして一てうのギターを背中につけて逃げ伸びて来た。君にすらハガキも書かなかつた。どうしてしまつたことであらうと、おそらく君は苦い感に打たれてゐるだらうと推察する。