淡雪
本文約14,600字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
桑原家の三女・園は、家を出奔し歌舞伎役者との間に娘の小園をもうける。成長した小園の息子・新吉は、浦賀に住む園の知人の息子・藤吉と親しくなり、二人は模型の軍艦作りを通じて絆を深める。やがて園の親族やその周囲の人間たちの複雑な家庭環境や対立が影を落とす中、新吉は自らの葛藤を抱えつつ成長する。本作は、世代を超えた愛憎や運命の交錯を、新吉と藤吉の交流を軸に描き出す。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
病弱者、遊蕩児、その他でも行末に戦人としての望みが持てさうもない子息達は凡て離籍して近隣の漁家や農家へ養子とするのが、昔その城下町の風習だつた。だが桑原家の主人は、そんな理由もなかつた長男を浦賀町の漁家へ、次男を風祭村の農家へ養子として片づけ、三女の園に自分の弟の息子を迎へて家系を継がせる筈だつた。その主人は桑原家の二度目の養子で、子息達は三人ながら彼の実子ではなかつた。園は十六の時、Fといふ可成り有名な歌舞伎役者のあとを慕つて、江戸へ出奔した。園は綺麗な白髪のお婆さんになつて、浦賀の兄の家で歿くなるまで終ひに生家の門をくゞらなかつたが、あの出奔の朝のことは幾つになつても、絵のやうにはつきりと憶えてゐると屡々人に語つて、鬱屈のない楚々たる微笑を浮べた。海棠の老木が門の両側に折重つて、花盛りだつた。冠木門の草葺屋根には蓮華の芽が伸びてゐた。園は普段男姿でしつけられてゐた。前髪をさげて、短い袂のついた水色の紋付の着物に、紬の荒い横縞の袴を着けてゐた。主人は、世間からは謹厳な人と呼ばれて他人に笑顔を見せることがなく、修身の訓話を口にするのが癖だつたが、案外無学で、書類書簡の類ひは悉く密かに妻や園に代筆せしめた。酒は一滴も口にしなかつたが、門の扉に閂が入つた時刻になると、昼間の強張つた力は掻消えて、酒に酔つた者のやうな怪訝な眼つきになつて、
「わしは体が冷えて寝つかれもせん。園は未だ坊やなんだから遠慮せずと、わしと寝て呉れんか。」
そんなことを云つた。園が出奔を決行したのは母が歿くなつて、一周忌を経ぬ時であつた。母と箱根の温泉宿に湯治してゐた時、同宿だつた役者のFが、芸事に興味の深かつた母に折々招待された。母は以前の主人を思ひ出すと涙を滾したが、現在の主人のことに触れると何か切なさうに唇を引絞めて口を緘した。下女のみわは風祭村の豪農の娘で、行儀見習といふのであつたが、母の云ひつけは守らうともせずに、
「身代を競べれば、おらの家なんか斯んな居敷の五倍もで、倉には千両箱が積んであら。」