TRENDIA CLASSIC

天狗洞食客記

牧野信一

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今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛むとか、手の平をこするとか、決して相手の顔を見ないで内ふところに向つてはなしをするとか、無闇に莨を喫すとか――とそれこそ枚挙に遑はない。しかし私には他人目につくかの如き凡そ何んな類ひの癖も生来から皆無であつたのに、突然ちか頃になつて、これはまた凡そ他人目につき易い実にも仰山に珍奇な癖が生じてゐた。私は普段はかね/″\唖のやうに無口であつた。それがちか頃非常に嵩じて、私は何時の間にか凡ゆる感情を喪失してゐる達磨であつた。私は、一体どんな顔をして何んな場合に嘆いたものか、笑つたものか、気分も表情も想像することは不可能であつた。いつも、いつまででも凝然としてゐるばかりの私は木兎であつた。強ひて形容するならば憤つたやうな武悪面といへるであらうが、私にして見ると寧ろ一個の単純なる蝋燭であつた。そして、いつまでゞも沈黙のまゝ背筋を延して大名のやうに端坐してゐたが、やがて私はさうした姿勢を保つたまゝ折々「エヘン!」といふ空々しく大きな咳払ひを発すると、徐ろに右の手の先で頤を撫で、それから左の腕を何か隣りの人でも抱へるやうに横に伸して、薄ぼんやりとギヨロリとしてゐるといふ、そんなに勿体振つた癖が生じてゐた。相手の者が吃驚りして私の顔を薄気味悪さうに眺めるので、私はハツとして吾に返り居住ひを正しながら深呼吸を試みるのであつたが、貧棒ゆすりの習慣の人が吾知らず膝頭を震はしはじめてしまふと同じやうに、いつの間にか私は蛙のやうに胸を張つて、頤を撫で、そして左腕を挙げてゐるといふ、そんなに鈍重な奇天烈な癖が生じてゐた。

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