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TORENDIA

南風譜

本文約49,800字 ・ 読了時間 約100分

あらすじ(AIが作成しました)

滝本守夫は、郷里の屋敷で継母や堀口らと対立する百合子、そしてアメリカから訪れた妹のローラらと共に、閉塞感のある現実から抜け出そうと試みる。彼らは土蔵の鍵や競馬をめぐり、周囲の業欲者たちと暗闘を繰り広げつつ、窮屈な生活から脱却する術を模索する。物語は、若者たちが理想の共同生活を求めて秋の東京へと旅立つまでの軌跡を、牧歌的な田園風景の中で明るく奔放に描く。

牧野信一

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一

卓子に頬杖をして滝本が、置額に容れたローラの写真を眺めながら、ぼんやりと物思ひに耽つてゐた時、

「守夫さん、いらつしやるの?」

と、稍激した調子の声が、窓の外から聞えてきた。

(誰だらう?)

滝本は、この時、見境へもなく、返事が出来るほど、心が晴れやかでなかつた。

「矢ツ張り、留守なのか知ら?」

と、窓の外の人は呟いだ。

それで、滝本に――百合子だ……と解つた。恰で、他人と会話をするのと同じ調子の明瞭さで、稍ともすると和やかな独り言を呟くのが、滝本の印象に一番鮮やかな百合子の特徴だつたから――。

「居るんだよ!」

滝本は、慌てゝ窓を展いた。

純白の春の半オーバと、同じ色のターバン・キヤツプを無造作に被つた、素直に丈の高い百合子が、

「おゝ、好かつた!」

と片手を挙げて微笑んでゐた。片方の手には、スーツ・ケースを下げてゐた。

「元気の好い様子だね――お休みが余ツ程嬉しいと見えるね。」

滝本は、百合子の手から鞄をとりあげ、

「こゝから、お入りよ。さあ、手を執つてあげよう。」

と、前身を窓から乗り出して、両腕を差し伸した。――「随分、重い鞄ぢやないか、ひとりで来たの?」

「ひとりで大丈夫よ。」

百合子は、窓を指して微笑んだ。窓枠は、百合子の恰度頤のあたりまでの高さだつた。

「その、花の植木鉢をのかして頂戴な。」

二三歩後ろに退いてから、百合子は軽く勢ひをつけて、ひらりと窓枠の上に飛び乗つた。

「玄関で、何辺も呼んで見たけれど、一向に返事がないので、もう空家になつてしまつたのか知ら――と思つたわ?」

「うむ……それは、ちつとも気がつかなかつたけれど、相変らず阿母との間が面白くなくつて――僕は、何時でも玄関には錠を降し放しにして置くんだよ。で、百合さんは、何時帰つて来たの?」

と、百合子は、それには答へないで、

「ね、守夫さん――」

と仰山に眼を視張つて、問ひ返した。――「うちの兄さん来なかつた?」

「二三日前に、一度来たけれど……」

「それきり?」

「あゝ、何うして?」

「ぢや、矢ツ張り、妾と行き違ひに東京へ行つたんだ! いゝえ、そんなら、それで……」

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