TRENDIA CLASSIC

南風譜

牧野信一

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卓子に頬杖をして滝本が、置額に容れたローラの写真を眺めながら、ぼんやりと物思ひに耽つてゐた時、

「守夫さん、いらつしやるの?」

と、稍激した調子の声が、窓の外から聞えてきた。

(誰だらう?)

滝本は、この時、見境へもなく、返事が出来るほど、心が晴れやかでなかつた。

「矢ツ張り、留守なのか知ら?」

と、窓の外の人は呟いだ。

それで、滝本に――百合子だ……と解つた。恰で、他人と会話をするのと同じ調子の明瞭さで、稍ともすると和やかな独り言を呟くのが、滝本の印象に一番鮮やかな百合子の特徴だつたから――。

「居るんだよ!」

滝本は、慌てゝ窓を展いた。

純白の春の半オーバと、同じ色のターバン・キヤツプを無造作に被つた、素直に丈の高い百合子が、

「おゝ、好かつた!」

と片手を挙げて微笑んでゐた。片方の手には、スーツ・ケースを下げてゐた。

「元気の好い様子だね――お休みが余ツ程嬉しいと見えるね。」

滝本は、百合子の手から鞄をとりあげ、

「こゝから、お入りよ。さあ、手を執つてあげよう。」

と、前身を窓から乗り出して、両腕を差し伸した。――「随分、重い鞄ぢやないか、ひとりで来たの?」

「ひとりで大丈夫よ。」

百合子は、窓を指して微笑んだ。窓枠は、百合子の恰度頤のあたりまでの高さだつた。

「その、花の植木鉢をのかして頂戴な。」

二三歩後ろに退いてから、百合子は軽く勢ひをつけて、ひらりと窓枠の上に飛び乗つた。

「玄関で、何辺も呼んで見たけれど、一向に返事がないので、もう空家になつてしまつたのか知ら――と思つたわ?」

「うむ……それは、ちつとも気がつかなかつたけれど、相変らず阿母との間が面白くなくつて――僕は、何時でも玄関には錠を降し放しにして置くんだよ。で、百合さんは、何時帰つて来たの?」

と、百合子は、それには答へないで、

「ね、守夫さん――」

と仰山に眼を視張つて、問ひ返した。――「うちの兄さん来なかつた?」

「二三日前に、一度来たけれど……」

「それきり?」

「あゝ、何うして?」

「ぢや、矢ツ張り、妾と行き違ひに東京へ行つたんだ! いゝえ、そんなら、それで……」

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