まぼろし
本文約12,500字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
初夏の海辺で、学生たちは百合子という女性を巡り、恋の悶々や青春の空しさを語り合っていた。彼らは百合子が知らない男のもとへ行くのではないかと疑心暗鬼に陥り、夜中に彼女の屋敷を密かに訪れるなどして激しい嫉妬を募らせる。ある夜、窓辺で口笛を吹く音田に続き、他の仲間も一斉に合唱を始めるという奇妙な騒動が起こる。やがて百合子の結婚を知らされた彼らは、新たな女性に目を向け網引きに精を出す日常へと戻っていく。
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一
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。
「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへ ゆくへも知らぬこひのみちかな――か、今となると既にもうあの頃がなつかしいな、いや、満里のところの歌留多会がさ。」
「柄にもない眼つきをするない、こいつ!」
「ところが俺には、れつきとした懐し味の思ひ出があるんだから大したもんだらう、まあ聞けよ。」
「しかし……」
その時、砂日傘の下でポータブルの鍵を巻いてゐたひよろ長い男が厭に沁々とした口調で、
「これだけ達者な面々が、いつも顔をならべてゐて誰一人として、これといふほどのラヴ・アツフエアを起さないなんて、考へて見ると実に慨嘆のいたりぢやないか。寄るとさはるとたゞ騒々しく女の美しさばかりを讚へてゐて、悶々としたり、感傷的になつたりして堂々廻りをしてゐるなんて、一体、諸君!」
故意とらしい演説口調で重さうに腕組をすると、さつき何か云ひ出さうとした見るからに元気者らしい剽軽な男は、
「田八は直ぐに真面目さうな顔をするんで厭になるな。小説ぢやあるまいし左う左う恋愛事件などがあつて堪るものか。この空しさの中で次々に抒情味を感じてゐれば、それが青春といふものなんだ。」
話の腰を折られて、こゝろもち顔を赧らめながら低い声で呟いた。
「一体諸君、君達は自分を憐れと思はないかしら――俺は今日限り決心したぞ、何うしても恋人を探さずには置かない。」
前の男が関はずそんなことを続けると、
「左う云はれて見ると俺も凝つとしては居られなくなつたな。まつたく何うも一刻さへも惜まれるぞ……」
大きな口をあけて上向に寝て、裸の胸や腹を空に曝してゐる就中呑気者らしい一人が、やけに賛同して、突然、
「鯨だあ!」
などゝ叫んで、そのまゝ煙草の煙りをふうつと吐き出した。煙りが細長くすい/\と延びて傍らの砂日傘の上に達しても消えなかつた。誰が何を饒舌つても、争つても忽ち消えてしまつて一沫のよどみも感ぜられない底の実にも長閑な春の午近い海辺であつた。
「おつそろしい長え呼吸だな、こいつは!」