一
「この一年半ほどのあひだ……」
せめても彼は、時をそれほどの間に限りたかつた。別段何の思慮もなく、何となく切ツ端詰つた頭から、ふつとそんな言葉が滑り出たのであるが、そして如何程藤井に追求されたにしろ、何の続ける言葉も見当らなかつたのではあるが、思はずさう云つた時に漠然と――せめても時を、それほどの間に――そんなことを思つたのである。一年半、といふのは、父の死以来といふほどの代りに用ひたいらしかつた、誇張好きの彼にして見ると。
「…………」
藤井は、困つたといふ風な気色を示した。次の言葉を待つまでもなく藤井には、彼の意図は解り切つてゐたから、
どうせ、また法螺まぢりの愚痴か! ――斯う思ふと、舌でも打つて顔を反向けたかつたが、この時の彼の語調が如何にも科白めいてゐたのに擽られて、思はず藤井は朗らかな苦笑を浮べて、
「相当、苦労したかね、はじめてだらう。」と、噴き出したいのを我慢して訊ね返した。――まつたく藤井は、噴き出したかつた。彼が、そんな言葉を事更らしく、感慨あり気に用ひたのも藤井は、可笑しかつたが、それよりも、厭に物々しく、見るからに愚鈍な顔を歪めて、唸つたりなどした身柄に添はぬ彼の勿体ぶつた様子が、藤井にとつては先づ噴飯に価したのである。
「え?」
「冗談ぢやない。」と彼は、無下に打ち消した。そして彼は、あゝ、と、当人はそのつもりかも知れないが、傍の者にはさつぱり憂鬱らしくも、倦怠らしくも見えない梟のやうな溜息を洩した。
「それやアさうと……」
「その話は、また明日にでもして貰はうか。」
彼は、さう云つて、気分家らしく軽く眼を閉ぢて、直ぐにまた洞ろに開いた。
「もう間もなく一週間になりさうだぜ。」
「だがね、僕近頃、相当酒を楽しんでゐるんだよ。だから、せめて斯うやつてゐる間だけは僕の……」
彼は、出鱈目を云つてゐるのに気づいて言葉を呑み込んでしまつた。
「君の気分になんて、つき合つてゐたひにはいつ迄たつたつて埒が明きさうもないぜ。」
藤井は、人の好い笑ひを浮べた。――「昼間は、殆んど眠つてばかりゐるんだし……」
「君だつて、どうせ帰つたつて用はないんだらう?」