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TORENDIA

海棠の家

本文約6,500字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

片田舎の海棠の花が咲く家を訪れた「私」は、そこで暮らす病的なまでに気性の激しい娘と出会う。土蔵の中で不可解な遊びを強要し、庭のブランコで異常な運動を繰り返す娘の言動に、「私」は恐怖と困惑を抱く。その後、娘の家庭環境や精神状態をめぐる記憶が語られるが、地震を機に彼女の孤独な境遇が露見する。本書は、幼い頃の断片的な記憶を通じて、不可解で不気味な存在である娘への恐怖と追憶を描く。

牧野信一

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🎧 海棠の家 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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おそらくあの娘は、私より二つか三つぐらゐの年上だつたに違ひないのだが私には相当のおとなに見えた。兄弟はないらしかつた。

私の家にも稀には母親に伴れられて遊びに来たのであるが、よそに来ると私とさへ碌々口もきかずに母親の蔭で愚図ばかり鳴らしてゐたので、そこでの記憶は何も残つてゐない。あの家でのあの娘の記憶はところ/″\ばかにはつきり残つてゐるにもかゝはらず――。

はつきりとしてゐる気がしても、とりあげて見ると、泡のやうに忽ち消えて、何のとらへどころもない、シヤボン玉をつかむやうな記憶である――ほんとうにシヤボン玉の記憶が先に浮かぶのである――。

土蔵があつた。土蔵の壁は白かつたが、らく書きが一つもしてなかつた。私は、塀や壁に接するとらく書きに注意するのが癖だつた。

外では、風にこはされて面白くない、風がなくてもにげてしまふからあつけない――「お蔵の中だと面白いよ。まつすぐにシヤボン玉があがつて行つて、天井は暗いからいつ玉が消えるのだかわからない。折角、キレイな玉をつくつても直ぐに眼の前でこはれてしまつては、がつかりぢやないの! だからあたしはシヤボン玉を吹く時はいつでもお蔵の中でするのよ。こはれないよ。しまつておけるわ。――どこかしらにかくれてゐる。それを探しツこをしない! 鬼ごつこ見たいに。」

彼女は、そんな意味のことを、私の記憶ではもつと/\芝居じみた言葉で熱心にいつたことを私は覚えてゐる。

――「あたしは、ひとりでもいつもそんな遊びをしてゐる。」

「厭だ。」と私はいつた。

「厭だつて! その遊びをしないとひどい目に合はすぞ!」

鋭く男のやうな言葉で突然彼女は打つやうに叫んだので、私はゾーツとして否応なく承諾したことを覚えてゐる。

隅の方に妙なかたちの朱塗の椅子があつた。娘は、それに腰をおろして、魂をこめてシヤボン玉を吹いた。

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