ファラデーの伝
本文約76,100字 ・ 読了時間 約153分
あらすじ(AIが作成しました)
鍛冶職人の子としてロンドンに生まれたミケル・ファラデーが、製本屋の徒弟を経て大科学者へと成長する過程を描く。大学教育を受けず、実験室の記録や遺物を残したその生涯を紐解き、研究の着想から発見に至るまでの試行錯誤を詳細に辿る。電磁気回転の発見に沸く壮年期や、静かな余生まで、一人の科学者の人間味溢れる歩みと、その研究が学界に与えた示唆を、著者自身の視点から綴る伝記である。
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序
偉人の伝記というと、ナポレオンとかアレキサンドロスとか、グラッドストーンというようなのばかりで、学者のはほとんど無いと言ってよい。なるほどナポレオンやアレキサンドロスのは、雄であり、壮である。しかし、いつの世にでもナポレオンが出たり、アレキサンドロスの出ずることは出来ない。文化の進まざる時代の物語りとして読むには適していても、修養の料にはならない。グラッドストーンのごときといえども、一国について見れば二、三人あり得るのみで、しかも大宰相たるは一時に一人のみしか存在を許さない。これに反して、科学者や哲学者や芸術家や宗教家は、一時代に十人でも二十人でも存在するを得、また多く存在するほど文化は進む。ことに科学においては、言葉を用うること少なきため、他に比して著しく世界的に共通で、日本での発見はそのまま世界の発見であり、詩や歌のごとく、外国語に訳するの要もない。
これらの理由により、科学者たらんとする者のために、大科学者の伝記があって欲しい。しかし、科学者の伝記を書くということは、随分むずかしい。というのは、まず科学そのものを味った人であることが必要であると同時に多少文才のあることを要する。悲しいかな、著者は自ら顧みて、決してこの二つの条件を備えておるとは思わない。ただ最初の試みをするのみである。