百姓マレイ
本文約5,500字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
復活祭の監獄で荒れた囚人たちの様子に心を痛める語り手は、ふとした拍子に少年時代の記憶を呼び起こす。かつて領地の村で狼の恐怖に怯えた自分を、百姓のマレイが母親のような慈しみで慰め、優しく手を差し伸べてくれた光景を鮮明に思い出す。シベリアの過酷な環境下で、かつての記憶の中にある百姓の優しさが、孤独な語り手の心に再び静かな安らぎと人間への信頼をもたらす様子を綴る。
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そのとき、わたしは、まだやっと九つでした……いやそれよりも、わたしが二十九の年のことから話を始めたほうがいいかもしれません。
それは、キリスト復活祭の二日めのことです。もう陽気も暖かで、空はまっさおに晴れわたり、太陽は高いところから、ぽかぽかと暖かな光りをきらめかせていましたが、わたしの心は、まっ暗でした。わたしは牢屋のうらをぶらぶら歩きながら、がっしりした監獄の杭を一本一本かんじょうしながらながめていました。この杭をかぞえるのは、まえからわたしのくせでしたが、そのときは、どうもあまり気がすすみませんでした。監獄の中でも、復活祭はきょうでもう二日めで、お祭りのおかげで、囚人たちは、まい日させられるしごとにも出て行かず、朝からお酒を飲んでよっぱらったり、あっちこっちのすみでは、ひっきりなしに、言いあいやけんかが始まっていたのです。なんだか、があがあいやな歌をわめきたてたり、こっそり寝床の板の下にかくしてカルタをしたり、何かとんでもないらんぼうなことをして、なかまの囚人たちにふくろだたきのめにあわされ、あげくのはて、すっかりまいってしまい、頭からすっぽり毛皮のきものをかぶせられたまんま、板の寝床にのびている囚人がもう二三人もいるのです。こんなことが、このお祭りの二日のあいだに、わたしをすっかりまいらせてしまったのです。いったいわたしは、まえから、人がよっぱらって大さわぎをするたびに、いつもいやでいやでたまらなかったのですが、牢屋の中では、なおさらやりきれないのでした。お祭りだというので、いつものように役人は牢屋の中を見まわりにもこないし、部屋の検査もされず、酒を持ちこむのも、おおめに見られていたのです。
とうとう、わたしは、むらむらと腹がたってきました。ところが、そのときふと、ポーランド人の囚人に出あったのです。その男は、暗い顔つきでわたしを見ましたが、その目はぎらりと光り、くちびるはぶるぶるふるえだしました。
「ちぇっ、あのごろつきどもめ!」と、くいしばった歯のあいだからはきだすように小声でそうつぶやくと、そのままわたしのそばを通りすぎて行きました。