狂人日記
本文約6,600字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
非の打ちどころのない生涯を送った高等法院長が死後に残した日記には、殺人を快楽とする異常な本能が綴られていた。著者は自然の法則と断じながら、密かに殺人を繰り返し、無実の人間を死刑に追い込む裁判官の狂気を描く。法律による戸籍の支配を皮肉りつつ、殺人という禁忌に潜む人間心理の暗部を冷徹に浮き彫りにした作品である。
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彼は高等法院長として、清廉な法官として世を去った。非の打ちどころのないその生涯は、フランス中の裁判所の評判になった。弁護士、若い法律顧問、判事たちも、二つの凹んだ眼が光っている彼の痩せた顔に、大きな敬意を表するために、非常に低く頭を下げて挨拶をしたものだった。
彼は犯罪を追求して弱いものを保護することを生涯の仕事とした。詐欺師や殺人犯人達にとって、彼ほど怖いものは無かった。という訳は、心の底にかくしている考を見破られ、一と眼で肚の中をすっかり見られてしまうからであった。
それゆえ、彼は、八十二歳で、人びとの尊敬の的となり、[#「、」は底本では「。」]全国民の哀悼のうちに亡くなったのである。その亡躯は、赤いズボンをはいた兵士達に護られて墓へ運ばれ、白いネクタイをかけた人たちが、彼の棺に、哀惜の言葉と、心からの涙を注いだのである。
ところが、その死後、いつも彼が、重罪犯人の訴訟記録をしまっていた事務机の中から、悲歎にくれた公証人が、次のような、奇怪な書きものを見つけ出した。
それにはこんな題がついていた。
なぜか?
一八五一年六月二十日――
私は会議室から出た。私はブロンデルを死刑にした。彼はなぜ自分の五人の子を殺害したのだろう。なぜだろう。生命を絶つことが一つの快楽であるような人がよくある。そうだ、そうだ、それは一つの快楽なのだ。快楽の中でおそらく最大のものであるに違いない。という訳は、殺すということが、創り出すということに一番好く似ているからではなかろうか。つくること、滅すこと、この二つの言葉は、この世界のあらゆるものの経歴を、存在するすべてのものを含んでいる。殺すということは、なぜ、人の心を酔わせるのだろう。
六月二十五日――