二人の男
本文約19,500字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
1918年秋、本郷の高台にある果樹園の一室で暮らす北輝雄は、貧しい人々のために己の生を捧げようと苦闘を続ける。革命の必然性を信じ、国家社会主義を掲げる丘という男との対話や、自身の情夫である丘と遊女お染との関係を目の当たりにする中で、北は自身の無力感に苛まれながらも、信念を貫く決意を新たにする。本作は、理想と現実の狭間で苦悩しながら自らの道を突き進もうとする若き知識人の内面と、彼らを取り巻く人間模様を描く。
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九月のある朝。初秋の微風が市街の上空をそよそよとゆれ渡つてゐた。めづらしく平穏な朝で、天と気は澄みわたり、太陽の光りが輝やき充ちてゐた。北輝雄は未だ夏期の暖みの去らない光明を頭からいつぱい浴びながら、無細工な大きな卓机にもたれかゝつていゝ気持でうつとりしてゐた。やうやく三十分前ばかりに眼を醒ましたところだつた。彼の勉強室でもあり、仕事室でもあり、応接室でもあり、また食堂でもあり、一日の働きの疲労をねぎらひ、新しい次の日の精力を恵んで呉れる寝室でもあるその一室には、未だ昨夜からの薄ぎたない寝床がそのまゝに敷かれてあつた。窓際からは、本郷の高台の深い樹木の茂みや折り重なつた建築の断層が蒼い天の下に見え、窓先の無果樹の大きい葉がそれらの視望をゆすぶつてゐた。彼は決して、八畳の部屋に雑然と置かれた卓机や、書架や、一方の壁にはりつけてある世界地図や天体の星図や、地図の上にかゝげてある耶蘇と釈迦の肖像などと部屋の中央に敷かれてある夜具の不調和を見ないわけではなかつた。いつもだつたら彼等自身への申分けのやうに、顔を苦々しくしかめて夜具を押入へ投げ入れ、庭園の井戸端へ出て冷たい水を浴びて来なくては承知しなかつたであらうが、今朝は、ふつと眼を醒ますと、さあつと朝光の流れがまともに彼の頭上に溢れかゝつてゐたのだ。昨夜雨戸をしめることを忘れて寝た偶然が思ひがけぬ喜びの因となつたのである。彼は蒼い天に輝く太陽を仰いだとき自分は祝福されてゐると信じないわけにゆかなかつた。この天と太陽は今朝は自分一人のために自由で無果で偉大で熱烈であるのだと思はずにゐられなかつた。それ故彼はむつくり起き上がつて椅子に腰かけ卓机にもたれかゝつたまゝ、一切から解放された美はしい光輝にうつとりしてゐた。微風がそよぐたびに、無果樹の緑紫の色葉がゆれるほか、この瞬間の彼自身にとつて全宇宙と雖も何するものであらう!
「いゝな。」
と彼は無意識にうなづいた。あゝ、生気と力と美に荘厳されたこのひとゝきの世界よ。