TRENDIA CLASSIC

移轍(Anakoluth)

関口存男

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これは「基礎ドイツ語」1953年度4月号[#「1953年度4月号」は底本では「1952年度4月号」]に発表された関口存男氏の論考「移轍」の再録です.今日の読者に読みやすいように編集者の責任で漢字,かな使いなどを訂正しました.

二十年ほど前の新聞に次のような笑話がのっていました(Grne Post, 1932):

”Hast du noch Geschwister, Kleine?“

”Nein, ich bin alle Kinder, die wir haben.“

「お嬢ちゃんはまだほかにご兄弟がおありですか?」

「いいえ,全部であたし一人きりなの」

けだし名答ですな.さてこの ich bin alle Kinder, die wir haben というトンチンカンな文章のトンチンカン性のよってもって来たるところの所以(ゆえん)を,少し野暮ったいが,論理的に分析して見ますと,これは,次にあげる[A]と[B]の混線です:

[A]Ich bin das einzige Kind des Hauses.

[B]Das sind alle Kinder, die wir haben.(と両親ならいう)

すなわち,子供としては[A]の方で答えるべきであり,両親としては[B]の方で答えるべきなのですが,最初ごく自然に Ich bin...... といったまではよかったが,das einzige Kind des Hauses などという紋切り型はとうてい子供の口にはのぼりません.そこで,いつもこういう場合に大人が口にする[B]の方を継ぎ合わせて間に合わせたというわけです.