移轍(Anakoluth)
本文約25,300字 ・ 読了時間 約51分
あらすじ(AIが作成しました)
子供が話す「お嬢ちゃんはまだほかにご兄弟がおありですか」という問いへの返答など、日常的な言語表現に見られる「トンチンカンな文章」を分析する。著者は、二つの異なる表現が混ざり合うことで生まれる現象を「移轍」と名づけ、これが言語における文法違反や舌足らず、さらには慣用的な文型の成立にいたるまで、言語の実際を貫く広範なメカニズムであることを論じる。本書は、ドイツ語を中心に多岐にわたる文例を挙げながら、言語構造の変化と法則性を解説する論考である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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これは「基礎ドイツ語」1953年度4月号[#「1953年度4月号」は底本では「1952年度4月号」]に発表された関口存男氏の論考「移轍」の再録です.今日の読者に読みやすいように編集者の責任で漢字,かな使いなどを訂正しました.
二十年ほど前の新聞に次のような笑話がのっていました(Grne Post, 1932):
”Hast du noch Geschwister, Kleine?“
”Nein, ich bin alle Kinder, die wir haben.“
「お嬢ちゃんはまだほかにご兄弟がおありですか?」
「いいえ,全部であたし一人きりなの」
けだし名答ですな.さてこの ich bin alle Kinder, die wir haben というトンチンカンな文章のトンチンカン性のよってもって来たるところの所以(ゆえん)を,少し野暮ったいが,論理的に分析して見ますと,これは,次にあげる[A]と[B]の混線です:
[A]Ich bin das einzige Kind des Hauses.
[B]Das sind alle Kinder, die wir haben.(と両親ならいう)
すなわち,子供としては[A]の方で答えるべきであり,両親としては[B]の方で答えるべきなのですが,最初ごく自然に Ich bin...... といったまではよかったが,das einzige Kind des Hauses などという紋切り型はとうてい子供の口にはのぼりません.そこで,いつもこういう場合に大人が口にする[B]の方を継ぎ合わせて間に合わせたというわけです.