TRENDIA CLASSIC

日を愛しむ

外村繁

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妻、素子が退院し、二ヵ月振りでわが家へ帰ったのは、四月中旬のことである。曇った日で、門前の吉野桜の花はすっかり散り落ち、枝には赤い萼が点々と残っている。素子は桜の梢の方へ目を遣ってから、門を入った。玄関では、満八十二になる、私の母が背を円くして、その妻を迎えた。私は運転手と自動車から荷物を運んだ。

素子は乳癌にかかった。その上、発見が遅れたため、癌は腋下から頸部にまで転移してい、二度の手術と、放射線の治療を受けた。しかし放射線の照射量が人体にかけ得る限度に達したので、一まず退院が許されたまでである。素子の顔に格別喜色が浮かばないのも当然である。

現在の医学では、癌に関する限り、全治ということを考えてはならないのかも知れない。先年、私も上顎腫瘍にかかり、入院して、放射線の治療を受けた。以来、既に二年以上になる。しかし未だに病院通いを止めることは許されない。妻もあの凄惨な癌病院から辛うじて逃げ帰ったが、漸く目前の危機を脱し得ただけである。あの恐しい奴は妻の体内で、暫く息を潜めているに過ぎないのかも知れぬ。いつまた暴れ出さないとも限らない。

しかし私はやはり嬉しかった。今夜は妻が坐るべきところに、妻が坐っているのである。老母もいる。三人の子供も妻に呼ばれ、食卓についている。私が差し出したコップに、妻はビールを注ぎ、更に自分のコップにも注ごうとする。

「おや、ビールはいけないよ」

「ほんの、一杯だけ」

気丈な妻も自分の退院をやはり祝おうとするのか。哀れである。

「じゃ、きっと一杯だけだよ」

二人は乾杯する。乾いた喉に極めて快い。が、次ぎの瞬間、そんな行為がひどく馬鹿らしく思われた。不意に、激しい寂寥感が込み上げて来る。

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