大利根の大物釣
本文約8,700字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
八月の炎暑のなか、釣り師は利根川へ大物釣りに向かう。船頭から過去に釣聖と呼ばれる男がこの地で二十一本もの大物を釣り上げたという話を聞き、期待を膨らませて仕掛けを投入する。やがて手応えを感じて格闘の末、惜しくも獲物を逃してしまうが、その敗因を深く省みる。釣り師は自身の未熟さを痛感しつつも、今回の教訓を糧に再起を誓い、夜の川を後にするまでの心情と情景を描く。
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数日前、船頭の許に、船を用意せしめおきしが、恰も天気好かりければ、大生担、餌入れ岡持など提げ、日暮里停車場より出て立つ。時は、八月の二十八日午后二時という、炎暑真中の時刻なりし。
前回の出遊には、天気思わしからず、餌も、糸女のみなりしに、尚二本を獲たりし。今日の空模様は、前遊に比べて、好くとも悪しき方には非ず。殊に袋餌の用意有り、好結果必ず疑い無し。料理界にてこそ、鯉は川魚中の王なれ、懸りて後ちの力は鱸の比に非ず。其の姿よりして軽快に、躍力強健に、綸に狂ひ、波を打ち、一進一退、牽けども痿えず、縦てども弛まず、釣客をして、危懼しながらも、ぞくぞく狂喜せしむるものは只鱸のみにて、釣界中、川魚の王は、これを除きてまた他に求むべからず、今日品川沖に赤目魚釣に往きし忘筌子、利根川(江戸川)に鯉釣に出でし江東子に、獲物を見せて愕かし呉るるも一興なり。など空想を描きつつ窓によりて進む。
田の面一般に白く、今を盛りと咲き競うは、中稲にて、己に薄黒く色つき、穂の形を成せるは早稲にやあらん、田家の垣には、萩の花の打ち乱れて、人まち顔なるも有り、青無花果の、枝も撓わわに生りたる、糸瓜の蔓の日も漏さぬまでに這い広がり、蔭涼しそうなるも有り、車行早きだけ、送迎に忙わし。
成田線なる木下駅にて下車す。船頭待ち居て、支度は既に整えりという。喜びて共に河辺に至る。洋々たる水は宛がら一大湖水を湛わし、前岸有れども無きが如くにして、遠く碧天に接し、上り下りの帆影、真艫に光を射りて、眩きまでに白し。其の闊大荘重の景象、自ら衆川の碌々に異れり。
乗り移るや否、船頭直に櫓を執り、熟地に向う、漁史膝を抱きて、四辺を眺めながら、昨日一昨日の漁況は如何なりしと問えば、『一昨夜は、例の浅草の旦那と出でたりしが、思わざる事件持ち上りたり』という。『事件とは何ぞ』と問えば、『近来の椿事なり』とて、語る。