TRENDIA CLASSIC
國譯史記列傳
司馬遷
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箭内亙による譯 夫れ(二)學は載籍極めて博けれども、猶ほ信を六に考ふ。(三)詩書(四)缺けたりと雖も、然れども(五)虞夏の文知る可き也。堯將に位を(六)遜れんとするや、虞舜に讓る。(七)舜禹の間(八)岳牧咸薦む。乃ち之を(九)位に試み、職を典らしむること數十年、(一〇)功用既に興り、然る後政を授く。天下は(一一)重器・王者は(一二)大統・天下を傳ふる斯の若きの難きを示したる也。而るに(一三)説く者曰く、『堯、天下を許由に讓りしが、許由受けず、之を恥ぢて逃げ隱る。(又 )(一四)夏の時に及んでは、卞隨・務光なる者有りき』と。此れ(一五)何を以て稱せられたる。(一六)太史公曰く、余、箕山に登りしに、其上に蓋し許由の冢有りと云ふ。孔子、古の仁聖賢人を(一七)序列する、呉の太伯・伯夷の倫の如きも詳なり。余の聞く所を以てすれば、(一八)由光の義至つて高し。(一九)其文辭少しも概見せざるは何ぞ哉。