福沢諭吉
本文約54,200字 ・ 読了時間 約109分
あらすじ(AIが作成しました)
九州中津の士族に生まれた福沢諭吉は、身分制度が残る封建社会の矛盾に疑問を抱きながら成長する。オランダ語から英語への転換、欧米渡航による見聞を通じ、人間の平等や個人の権利を追求した。近代日本において「学問のすすめ」を著し、民主主義の啓蒙に尽力するとともに、自身の生活でも一夫一婦制や身分差別廃止を実践した教育者の生涯を描く伝記物語である。
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この伝記物語を読むまえに――――――――――――
「天は人の上に人をつくらず、
人の下に人をつくらず。」
明治のはじめ、「学問のすすめ」で、いちはやく
人間の自由・平等・権利のとうとさをとき、
あたらしい時代にむかう日本人に、
道しるべをあたえた人。
それまでねっしんにまなんだオランダ語をすてて、
世界に通用する英語を、独学でまなんだ人。
アメリカやヨーロッパに三度もわたり、
自分の目でじっさいにたしかめた、
外国のすすんだ文化や思想をしょうかいし、
大きなえいきょうをあたえた人。
上野の戦争のとき、砲声をききながら、
へいぜんと講義をつづけた人。
福沢諭吉は、ながい封建制度にならされた人々を
目ざめさせるのは、学問しかないと、
けわしい教育者の道をえらびました。
いま、慶応義塾大学の図書館には、
「ペンは剣よりも強し。」
のことばが、ラテン語で書かれています。
諭吉の一生は、この理想でつらぬかれました。
日本の民主主義を考えるとき、
わたしたちはいつも、
諭吉にたちかえらなければなりません。
[#改ページ]
1 勉強はごめんだ
びんぼうどっくりをさげた少年
夏のはじめのある日の午後のことでした。
十二、三さいになる少年が、九州の中津(大分県)の町を、むねをはってあるいていました。こしに大小の刀をさしているので、士族(さむらいの家がら)の子どもとすぐわかりますが、ふるぼけたふろしきづつみを左の小わきにかかえ、小さなとっくりをその手にさげています。どうやら少年は、町に買いものにきたかえりのようでした。
町人たちは、さも、ふしぎなものをみたといわんばかりに、少年のうしろすがたをゆびさして、ささやきあいました。
「おさむらいの子が、まっ昼間、どうどうと、びんぼうどっくりをさげて、買いものにくるとは、おどろいたな。」
「まったくだ。ちかごろは、おさむらいも、ふところぐあいがよくないとみえて、一しょう(一・八リットル)どっくりをさげて買いにみえるが、はずかしそうにほおかむりをして、しかも、日のくれがたとか、夜になってから、買いにくるというのが、ふつうだからな。」