試みに、余の三歳になる一子をとらへて、――葛西をぢちやんに如何されたか?
と訊ねて見給へ! 彼は、忽ち武張つた表情をして、次のやうな動作をするであらう。
彼は、両脚を踏ン張つて五体に力を込めて、そして自らの二つの掌をもつて自らの両頬を挟んで――斯うだ/\、といふ意気込みで、己れの顔を釣りあげるやうにして、さし示すであらう。
国々に依つて、その名称は異るだらうが、余等が郷国では、
「お江戸を見せてやらう。」と称するいたづらがはやつたものだ。現今では如何か知らないが、余等が幼時、二十年近くも前の話だ。
「お江戸を見せてやらう。」
甲の者は突然斯う云つて、乙の者が驚いて逃げようとする間もなく、乙の首を両手ではさんで宙に釣り上げるのである。
「お江戸が見えたか?」と甲は云つた。乙は意地を張つて、
「いや見えない。」と云ふ。甲の腕力と乙の我慢との競争になるわけなのだ。
「これでもか!」と甲は、更に力を込めて乙を釣りあげるのである。大概甲の方が丈が高くて年長で、力強いことは決つてゐる。素人が角力に取組むことが出来ないと同じやうに、年少の方が、自分よりも丈の高い男の首を釣り上げることなんて出来る筈はない。近頃の余と倅は、この甲と乙のやうである。
何しろ首だけを持たれて、兎のやうに釣りあげられるのだから、乙の苦痛は素晴しいものだ。脚は地面を離れる、眼眦も鼻も口も頬も……即ち顔全体が、質の悪い鏡に写つた時のやうに延びてしまふのだ。
乙は、苦痛に堪へ切れなくなつて、終ひには口から出放せに、
「あゝ、見えたよ/\。」と叫んで降参してしまふのである。そこで始めて甲は、乙を放してやるのだ。
「生意気なことを云ふとお江戸を見せるぞ。」
即ちこれは、余等の幼時に往々用ひたる脅し文句だつた。近頃余は、さう云つて倅を脅すことがある。
そこで余の長男は、嘗て一ト度、善蔵氏に少しく違つたかたちで「お江戸を見せられた。」のである。三歳の児童とは云へ、その時の苦痛は胆に命じたものと見える。数旬を経たる今日でも、明らかに彼の記憶に残つてゐるらしい。