TRENDIA CLASSIC

消息抄(近頃書いた或る私の手紙から。)

牧野信一

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母家

何故現在の住所を書いて寄さないのか? と屡々汝に云はれるが、汝との手紙が一回往復される間には大概予の居住は変つてしまふのだ! あれ以来予は既に三個所も居を移してゐる、いつも田舎の母家を予の宛名にはしてゐるが。哀れな母家は当分あの儘で汝も知つてゐるあの田舎に、形こそ違つたが存続するだらう。予も何時其処に帰るかも解らない。母家が存続する限り汝は、予の寓居を知りたがる必要はないだらう。

今度は何処に住はうかしら?

汝も知つてゐる筈だ、予が住に関してはその衣食と同じく何んなに無関心であつたか! かゝる予が近頃切りに思ふことは、斯様な思ひである。一つは未だ田舎の家には帰りたくない心もあるからなのだ。

冬の思ひ出

こんなことを書いたら汝は怒るか? あの頃われ/\がどんな話を取り換したか殆ど予は忘れても、汝の口から汝が何か呟く毎に煙草の煙り程にも濃い汝の息がパフ/\と立ちのぼり予の鼻先きをかすめたことだけを一番はつきり覚えてゐる。冬だかどうかそれも覚えないが、冬の夜でなければ息の煙りがあんなに見ゆることはあるまいよ!

唖子の妻

いつか予は汝に、自らを唖子に喩えて、その一夢云々と云つたことがあるが、同じ言葉を予は先日某誌に寄せた。夢さへも恵まれぬ徒然の寒き日に、自らを励まするが如く武張つて「唖子にも夢がある」と麗々しく誌したのである。ところがこれが活字になつたのを見ると夢が妻と誤植されてゐるのだ。(汝は知らないだらう? われらの国の文字で書くと「夢」と「妻」は、この如くに字体が似通つてゐるのであるが――。)即ち「唖子にも妻がある。」と、予は、その句と、下の予の署名に眼を曝した時に偶然、妻に或る感謝を感じた。

子が生れた時に三人で写した写真を送つたきりだが、今では彼女も好き母になつてゐる、そして汝に好意を持つてゐる、ヘンリーの孫は五歳になつた。

絵は止めた

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