TRENDIA CLASSIC

東中野にて

牧野信一

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十一月四日。東京市外、東中野――余儀ない遊びを続けてゐる若い友達夫婦が一ト間だけ借りてゐる二階に客となり続けてゐる。迎へをうけて、導かれて来たまゝなので番地は知らない。帰つたところでこの客はハガキ一本書くではなし、此処の何某方何番地を訊ねる要もない。

その上、この部屋を嫌つてゐる彼等は、めいめいの鞄を携えて、この客と共にこの客が住む田舎へ走り、変じて客となり、気永に叩いても凡そ妙案の浮ばぬこの客である海辺のアバラ家の文士を相手に、彼等の生涯の花々しい首途に就いて、具体的(!)の案を練らなければならないのである。

一体この客の血は、大昔の祖先達以来夢にのみ情熱的で、世の中のことに就いての決断力に欠けてゐる。半世紀あまりも前の故郷の歴史に就いて、あまり大声では云ひたくない。斯んなエピソードがある。徳川の太平に移らぬ世は戦国の時である。ただ壕を廻らせたゞけで安堵の胸を抱き、夙に風流の夢に耽つてゐた一城主があつた。天狗の羽ばたきのみを聴き度いために、天主閣を築き、楼上に籠つて日夜あらぬ方へ耳をそばだてゝゐた城主であつた。

或日楼の窓から遥かの山を見渡すと、計らずも攻め寄せてゐた大敵の烽火の挙るのを認めて急を告げた家臣があつた。直に城中こぞつて、徹宵額をあつめて議を廻らすのであつたが、幾夜々々続けても、天狗の羽ばたきにのみ想ひを馳せてゐた夢想家達には、決して具体の案が浮ばなかつた。たゞ、ひたすら切つ端詰つて、如何にせばや! /\と口々に呟き不安に馳られるのみで果しがなかつた。翌朝、怖る/\遥かの山を覗き見ると、何たる奇蹟ぞや、山上には一夜のうちに威風天地を払はんばかりに堂々たる城廓がそびえ立つてゐるではないか。一瞥、その威に打たれて、戦はずして和議を申し出た。が、後に験べて見ると山上の城廊は紙貼りのセツトであることが解り、秘かに無念の苦笑を洩したが、考へて見れば、それも佳し/\! といふ胸を開いて、一同麗かな空に、永遠の平和を祈りながら、天狗の夢を続けたのである。

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