TRENDIA CLASSIC

ひとりごと

牧野信一

1 / 5

(十月十六日)

きのふ、おとゝひ、さきおとゝひ――と、あゝ、何といふ浅ましさであらう、嫌はれ、軽蔑され、憎がられて、ウマクもない酒をのんでの気違騒ぎ、あゝ、もう厭だ、断然、酒は御免だ。ペンを執らうにも、体全体がガタ/\とふるへてゐて、一向に埒はあかぬ。

メフイストフエレス「先づ第一に飲助達に御紹介申しませう。さうするとあなたは必ず此世は大変簡単に渡られるものだといふ合点がゆくに違ひない。奴等と来たら毎日毎日お祭り騒ぎの大浮れで、恰も猫が自分の尻尾に戯れまはるかのやうに、少しばかりの頓智に自惚れて狭いところをぐる/\廻つて居るのです。訴へるほどの頭痛でもない限り、酒場の亭主に信用のある限りは、何の苦労もなくあゝした態の大浮れです。」

これはメフイストがフアウストに酒場の学生を紹介する野暮な科白であるが、俺は失敗してはならないと思ふ酒の場合には、そつとこいつを思ひ出して要心するのだが、うつかりと、また大失敗を演じてしまつた。凡そ俺は知る限りの酒客の中で斯んな科白を投げられて適当と思ふ人物を発見したためしはないのであるが、たつたひとり俺だけは、この言葉に厭といふほど打ちのめされる思ひがするのが常例なのだ。あの時酒場のジーベルやアルトマイエルは、メフイストの科白に憤慨をして決闘を申し込んだが、俺にはそんな生気が皆無で、後悔と憂鬱ばかりなんだから悲惨だ。俺も盃を執つて以来、指折り数えて見れば、はや十余年、――嫌はれ、軽蔑され、憎がられて十余年、友達に、恋人に、そして親に――。

牧野信一の他の作品