TRENDIA CLASSIC

疳の虫

牧野信一

1 / 4

必ず九時迄に来ると、云つて置きながら、十五分も過ぎてゐるのに、未だ叔父は来なかつた。僕は堪らなく焦れたく思ひながらも、叔父の来ることを待つてゐるには違ひなかつたから、頭の中で到頭叔父が大変に憎らしい者になつてしまつた。

好い天気の日曜の朝である。白い雲一つ見当らない。叔父と遊びに行く約束があつたから、僕は一時間程前に三人の友達が誘ひに来たけれど、断つて了つたのだ。こんなに待たされるくらゐならば、先程皆と一緒に行けばよかつた。僕だつて何も無理に叔父と一緒に遊びに行き度いのではない、約束をしたから待つてゐたのだ。

家の中は静かだつた。電話のベルが鳴る毎に僕は胸を轟かせた。叔父からではないかしら、と思つたからである。

友達はどんなに面白く遊んでゐるだらうと思ふと僕は一刻も凝としては居られないやうな気持になつた。叔父が来る来ない、といふことよりも、待されるといふ苦しみが堪らなくなつた。叔父に伴れて行つて貰へることは、毎日殆ど同じことをして遊ぶ友達と遊ぶことよりは、変化があつて、より楽しいことには相違なかつたが、こんなに待されるくらゐなら、伴れて行つてなんか貰ひたくない。負け惜しみではなく、全く僕は待されることが厭だつた。

「ね、お母さん、僕に空気銃を買つて下さいな。」

この望みは達せられないことはよく承知してゐたが、僕は今の頼りない憤満を持て余してゐた場合、こんなことを云つて見たいやうな気にもなつて、――これは僕の大へんに悪い癖である。――いくらか甘えるやうな調子で云つた。僕は他人に甘えるやうなことは大嫌ひだ。自分が「甘える」毎に必ずさう思ふ。さうして、もう決して「甘えまい」と思ふ。自分のためには勿論、若しこんな場面を友達にでも見られたならば恥かしい。然し、空気銃を欲しいと云ふ事実も、僕自身が「甘える」ことを厭つてゐるといふ事実と同じ程度に強くもなつてゐたのである。

「また始ツたよ、この子は! 駄目だよ、他のものなら兎に角、空気銃は危いからいけないツて、先生からも止められてあるんぢやありませんかね。」

牧野信一の他の作品