TRENDIA CLASSIC

坂道の孤独参昧

牧野信一

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何故俺は些う迄性のない愚図なんだらう、これツぱかりの事を何も思ひ惑ふにはあたらない、手取り早く仕度さへすれば二時間も掛らないで出来上る……が、純造は「明日こそは――」と叱るやうに決心した。前々の日に出掛ける筈で既に叔母から旅費はちやんと貰つて大切に机の抽出に蔵つてはあるのだが、つい出遅れて、これも度重なつて具合も悪く、この日は午後から到々頭痛がすると称して二階の室に寝て了つたのである。――眼を瞑ると、渺茫たる青海原が陽春の日の下に凪ぎ渡る……間もなく彼の肉体はその喜びだけで充満する――「一時も早く彼の海辺へ走らう、それだけが今の俺は唯一の心からの希望だ。」と、思つて行先の想像に恍惚として、熱海へ行つてからの細かな処まで様々に想ひを回らす、――丁度望遠鏡か何かで遠くの美しい景色を眺めてでもゐるかのやうな怠惰な悦びを感ずる、――と、今日でなくてよかつたと思ふ、明日迄このしみつたれた予想に耽り得る時間に延び延びとしたルーズさを覚ゆる、――その怠惰さ加減を彼は今強く叱つた筈だつた。で、彼はもう明日迄も待てさうもない気持に焦かれて、突然爪先を整えると怖ろしい勢ひで被着を蹴つた。燐寸の棒を折つた様に胴と脚とが殆ど直角に屹立して、臀を中心にしたそれは弥次郎兵衛の通りに二三回フワフワとぎつこんばつたんをした。「それで腕組をした儘起き上れるか?」「他合もない。」「ならやつて見ろ。」――そんな興味を感ずると、一寸胸を轟かせて一つ勢ひを附けて「ヨイシヨツ」と思つた。見事に起き上れた時子供らしい喜びを、ふいと感じた。

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