TRENDIA CLASSIC
はつ恋
ツルゲーネフ
1 / 99
[#ページの左右中央]
P・V・アンネンコフに捧げる
[#改丁]
客はもうとうに散ってしまった。時計が零時半を打った。部屋の中に残ったのは、主人と、セルゲイ・ニコラーエヴィチと、ヴラジーミル・ペトローヴィチだけである。
主人は呼鈴を鳴らして、夜食の残りを下げるように命じた。
「じゃ、そう決りましたね」と主人は、一層ふかぶかと肘掛椅子に身を沈めて、葉巻に火をつけながら言った。――「めいめい、自分の初恋の話をするのですよ。では、まずあなたから、セルゲイ・ニコラーエヴィチ」
セルゲイ・ニコラーエヴィチというのは、まるまると肥った男で、ぽってりした金髪・色白の顔をしていたが、まず主人の顔をちらと眺めると、眼を天井の方へ上げた。
「僕には初恋というものがありませんでしたよ」と、彼はやがての果てに言った。――「いきなり第二の恋から始めたんです」
「それはまた、どうしてね?」
「しごく簡単ですよ。僕は十八の年に初めて、あるとても可愛らしいお嬢さんのあとを追い回しました。ところが、その追いまわし方というのが、こんなこと僕にはさっぱり新しくも珍しくもない、といった風だったのですよ。ちょうど、あとになっていろんな女を口説いた時と、まるっきり同じだったわけです。実を言うと、僕が最初にして最後の恋をしたのは、六つの頃で、相手は自分の乳母でしたが、――なにぶんこれは大昔のことです。二人の間にあったことの細かしい点は、僕の記憶から消えうせていますし、またよしんば覚えているにしたところで、そんなことを、誰が面白がるでしょう?」