TRENDIA CLASSIC

性に関するアイヌの習俗

河野広道

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一 前言

従来、史家の多くは性の問題に関するかぎりことさらに触れようとしなかった。しかしながら、人間生活の土台は性と食との上に打立てられているのであるから、人類史研究の為には、先ずこの根本問題の解明が要請されるのである。

本文はこの意味に於て、健全なる郷土史の研究を志す人々の為の資料として執筆されたものである。

アイヌの物語りや日常会話の中には、性器や性交に関することどもがきわめて露骨にとり扱われているが、その表現は健康であり、いささかの卑猥さも感じられない。健康な民族の性生活は健全である。アイヌもまた、和人の侵略を蒙るまでは、健康な社会生活を営んでいたから、その性生活は健全であったのである。

二 性器をみだりに露出してはいけないということ

アイヌ民族は、幼年時には男女ともに全身裸体となって性器を露出したままでいるのは普通のこととされていた。未熟な性器を見ていたずらに興奮するほどの精神病者も居らず、裸の少女を見たからといって淫心をおこすようなこともなかったのである。

これに反して、青年期に達してからは、性器を他人に見せることは禁制で、男子は布製の褌によって局部を蔽い、女子はモウルと呼ぶ肌着を着用することによって肌と性器を隠蔽した。この掟はきわめて厳重に守られたのであって、男子の褌と女子のモウルは、魚をとりに河や海に入るときでも、また、温泉に入浴するときでさえも、必ず着用すべきものとされていたのである。

次のようなおばけ話が語られるのも、やはりそのようなモチーフからである。