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TORENDIA

洪水のように

本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

ふいご仕事の疲れから居眠りし、拳骨を食らって泣き濡れる少年の私。月島の渡船で偶然出会った見知らぬ美しい女性に慰められ、立派な人になるよう励まされる。二十五歳となったいま、無一物の労働者として生きる私は、かつての女性の言葉を回想する。流れる大川の情景を重ねながら、貧困にあえぐ仲間たちの惨状を嘆き、自らの境遇を恥じることなく、労働者階級が洪水のような勢力となって社会を変革しようとする決意を綴る。

徳永保之助

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🎧 洪水のように / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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ふいご、 初めの日は面白くてたまらぬ、 ぶうぶうと、 少年の細腕にありたけの力をしぼって、 押したり引いたりした。 二日、三日、 長い時間のはたらきの疲れ、 私はめちゃくちゃにねむくてたまらず、 われ知らずいねむりをした。 束の間の少年の夢、 恋人の女の子と遊ぼうとすれば、 コツン! 拳骨のひどい痛さに、 びっくりして目がさめた。 子供心にくやしく、なさけなく、且つやるせなく、 しぶい目から熱い涙がこぼれた。 いま思っても憎らしい、 くろんぼのような顔にどんぐり眼をひからした奴! 私をなぐった奴!

その日のかえり、 晩方の月島の渡船の中で、 見もしらぬ若いきれいな女が、 暗いふなべりにしゃくり泣く少年の私をなだめすかして、 菓子さえくれた。 あの女、一体誰だろう? 私を知っていたのだろうか、 女は云った、 自分の小さい弟にでも向うように。 『お前どうしたの? おなかが痛いの? そうじゃないと云うの、 それじゃ何をそう泣くの? 何がそんなにかなしいのさ? 妾に言ってごらん!』 女は私の涙をふいてくれた、 けれど私の涙は、 女のハンケチをとおして、 止めどもなく大川のひろびろしたくらい流れに落ちた。

流れの上を晩秋の冷たい靄が、河のねむりをさそうように罩めていた。 その中に船頭らの焚く火が、 水面のところどころを ラヴの火の流れのように真赤にした。 はるか港の方の、見えわかぬ靄の奥から、 櫓の音が夢のように聞えて来た。 私は泣くまいとした。 船も私の心をなるたけ動かすまいとするように音も無くすべった。 けれど船べりにおどる川浪がぽちゃぽちゃと、 意地悪るい子供のように、 絶えず私のかなしい心にからかった。 私はそれをきくと一層熱い涙が一時にあふれ出した。

『もうおだまり! ね! 男の子が、―― 今に世の中に出て、 立派なえらい人になるものが、 そんなに泣くもんじゃないのよ。』 女は云った。 私はうなずいた。

ああ、あの若い女はどこの人だったろう?

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