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TORENDIA

お蝶夫人

本文約123,700字 ・ 読了時間 約248分

あらすじ(AIが作成しました)

オペラ歌手である著者が、自身の半生と舞台への情熱を綴る随筆。一九一四年に歌の修行を志して横浜を出発し、ベルリンでの生活や開戦の混乱を経ながら、世界各地で「お蝶夫人」を演じ続けた軌跡を描く。他者の真似をせず、独自の工夫を重ねて喉を傷めることなく二千回の舞台を勤め上げた自負とともに、南米での生活や音楽家たちとの交流を通じ、オペラにかける深い愛着と芸術家としての誇りを回想する。

三浦環

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第一部

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一 リリー・レーマンに憧れて

ドイツへ行ってリリー・レーマンについて歌の勉強をしようと思って三浦政太郎と一緒に横浜を出帆したのは、一九一四年(大正三年)五月二十日のことでした。

私は非常に船に弱いので船の中ではずっと寝通しでしたから、香港に着きました時はほっと致しました。それにイルミネーションが綺麗でしたので、余計に明るい気持ちになりましたが、ここでお船は一晩お休みしたのでやっと元気を取りもどしました。

お船が香港に着く前の晩のことでした。私は生まれて始めて洋服を着ようと思って三浦に話しましたら、

「日本の婦人が洋服を着ると、胴が長くて足は練馬大根のように短く、まことにみっともない。船中では着物を着ていて、向こうへ着いて、どうしても洋服を着なくてはならなくなるまで洋服を着るのはお待ちなさい」

「だって私は、まだ一度も洋服を着たことがありませんから、向こうへ着いてから始めて着るのではよけいみっともないと思いますの、だからお船の中で着馴らして少しでも着かっこうの良いようにしておきたいのよ」

「向こうに着いてから、西洋の婦人の着方をよく見習った方が良い。船中で妙な癖でもつくとその方がよけいみっともない」

「いいえ、妙な癖なぞつけません。一日でも着馴らした方が良いと思いますのよ」

私は洋服を着ることを強く主張いたしましたところ、

「今から夫にさからうようでは、末恐ろしい」

と三浦はおこりました。私はそんな気で申したのではありませんでしたが、この船中の洋服事件が生まれて始めての夫婦喧嘩でした。

さて香港に着きましたところ、ペストが流行いたしておりましたので、同船の児玉さん、あの有名な児玉大将の息子さんはじめみなさん上陸なさいましたが、三浦も私もペストが恐いので上陸せず、広い食堂で二人きりで食事をいたしました。淋しい晩餐でした。

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