TRENDIA CLASSIC

地震なまず

武者金吉

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昭和五年(1930年)

伊豆地震調査当時の著者。後ろの倒潰した建物は箱根塔ヶ島離宮、屋根を貫いて柱が突き出している。

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大正十二年(一九二三年)

関東大震災

横浜花園橋附近の亀裂

大正十二年(一九二三年)

関東大震災

浅草十二階

大正十二年(一九二三年)

関東大震災

被服廠の惨状

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明治二十七年六月二十日東京地震の状況

東京大地震湯屋破損の図

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安政二年(一八五五年)

江戸地震

吉原堤から飛び出した火の玉

一九一一年十一月十六日

中欧の地震

ドイツのエビンゲンで

観察された火の玉

昭和五年(一九三〇年)

伊豆地震

静岡県賀茂郡稲生沢村から見た地震の発光

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まえがき

この本の著者は、今村明恒、寺田寅彦両先生ご指導のもとに、多年日本地震史の研究に従事して来た。この本に書いてあることは、地震史研究の副産物とも言うべきものである。すなわち、昔の地震の記録におりおり見い出される記事から暗示を得て、地震と深い関係がありそうに見えて、しかも今まで学者が手をつけなかった特殊の自然現象について、少しばかり調べて見た結果が通俗的に記されてある。

この本に書いてある自然現象は、いずれも見かけ上奇怪きわまるもので、したがって正統派の地震学者からは、あるいは毛ぎらいされ、あるいは余り関心をもたれない性質のものである。しかし、ある人が言ったように、「自然現象は自然の言葉である。自然の言葉でわれわれの研究に価しないものは一つもない」はずである。

著者がこれらの現象を研究対象として取り上げたのは、決して物好きからではない。またある人によって非難されたように一時の思いつきからでもない。いまだ解読されない自然の言葉のほんの一部でも明らかにしたいと言う念願からであったことを、公言してはばからない。

しかし、著者は前に記したごとく地震史の一研究家であって、物理学者でも生物学者でもない。したがって著者の調査研究がはなはだ不完全不徹底であることは、著者自身がもっともよく認めている。

要するに、著者は荒地を開墾して種子を蒔いたところである。その種子は、将来すぐれた科学者によって育成されるならば、かならず立派な実を結ぶであろう。