TRENDIA CLASSIC

荒野の呼び声

ジャック・ロンドン Jack London

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一 原始の中へ

「年経る放浪の念いは昂まり

習慣の鉄鎖を憤る、

その冬の眠りから再び

野性の旋律が眼ざめる。」

バック〔犬の名〕は新聞は読まなかつた、もし読んでいたら、彼のみでなく、ピュージェット・サウンド〔ワシントン州の北端にある湾〕からサン・ディエゴ〔キャリフォールニヤの南端メキシコに近い都市〕までの間にいる筋肉が強くて長い暖かい毛の犬全体に災難がさしせまつていることを知つたことであろう。人間共が、北極圏の暗黒の中を手さぐりしたあげく、ある黄色い金属を発見したので、また汽船会社や運送会社がその発見をしきりに宣伝していたので、何千という人々が北国へと押しかけていたのである。こういう人々は、犬をほしがつた。そして彼等のほしがる犬は、労役に堪える強い筋肉と霜から身を護る毛深い毛皮をもつた、がつちりした犬なのであつた。

バックは日当りのよいサンタ・クララ・ヴァリーにある大きな家に住んでいた。それはミラー判事邸と呼ばれていた。それは道路からはなれて、半ば木立ちにかくれていた、そしてその木々の間から家の四囲をめぐつている広い涼しげなヴェランダがちらほら見えていた。その家へ行くには、ひろびろとした芝生の間をうねり、高いポプラの交錯した枝の下を通つている、砂利を敷いた庭内車道を通つてゆくのであつた。家の裏では、表の方より何もかもずつと規模が大きかつた。馬丁とボーイが十人もたかつてしやべつている大きな厩舎、幾列もある蔓草のからんだ召使の住居、整然と果てしなく並んだ納屋、長々とつづく葡萄棚、緑の牧場、果樹園、いちご畑などがあつた。掘抜井戸のポンプ装置とセメントで固めた貯水池があつて、そこではミラー判事の子供たちが毎朝その貯水池にとびこみ、暑い午後にはここで涼んだ。