TRENDIA CLASSIC
ユダヤ人のブナ
の木
アネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ Annette von Droste=Hulshoff
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*2愚かな心の縺れを、誤りなく解きほぐす
そんな纎細な手がどこにあろうか。
哀れにもやつれはてた人に、平氣で石を投げつける
そんな氣強い手がどこにあろうか。
*3虚榮の血の押さえがたいたぎりを、誰が裁くであろうか。
忘られぬままに若い人の心に強い根を張らせ
ひそかに成心を植えつけて、その人の靈魂を蝕みつくす
そんなかりそめの言葉を、誰が裁くであろうか。
汝幸いなる者よ、明るい世界に生まれはぐくまれ
敬虔なる手に育てられた幸いなる者よ、
罪を計る秤をすてよ――そは汝には許されないのだ。
人を打つ石をすてよ――そは汝みずからの頭に當るであろう。――
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一七三八年生まれのフリードリヒ・メルゲルはB村のいわゆる半小作農、いいかえればけちな土地持ちの一人息子であった。この村は、どの家もこの家も、みんなぞんざいな建てかたで煤けてはいたが、ある重要な、歴史的に有名な山脈の緑深き山峽にあったので、その繪畫的なすばらしい美しさによってあらゆる旅人の目をひきつけていた。その上この村の所屬している地方は、當時はまだ、工場や商家もなく、おまけに軍用道路一つとおっていないという、ひどく邊鄙な片田舍の一つなので、見なれない他國者がちょっと姿を現わしただけで、たちまち人目の垣をつくり、相當な身分の人でも、ほんの三十マイル旅行しただけで、いつのまにかもうこの地方のオディッセーになってしまうという風であった。――簡單にいえば、ドイツにはほかにもまだ、こんな所が澤山あったように、そういった情態においてのみはぐくまれる、あらゆる缺陷や、美徳や、あらゆる獨特さや、偏狹さを持っているという、そういった場所の一つであった。