TRENDIA CLASSIC

ラヂオ閑話

成澤玲川

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新聞社から放送局へ轉じて一番先に欲しくなつたのはラヂオ・セツトのいゝのである。持合せのペントード式のは東京しか聽けないので、米國製のスパートンといふ小型のポータブルを備へつけた。五球で中型の置時計ほどのサイズ目方も輕く革製のカバンがついてゐて旅行に携帶もできる。アースを取る必要もなく、二三間あるアンテナは糸卷のやうものに[#「やうものに」はママ]卷きつけてある。一寸そこへらへ引掛ければいゝ。

第二放送のある今日、家庭にラヂオ・セツトが一つしかないのは不便で、よく「ラヂオ喧嘩」が起きるのである。趣味のちがふ老人と子供と、男子と婦人とが、第一放送と第二放送が同時刻にぶつかると、どちらか一方を棄權しなければならない。私は古い方を子供用として二階に移動し、野球や學生向の講座や子供の時間などにこれを使はせ、大人は好きな時間に好きなものを新しいスパートンで聽くことにした。これで家庭にラヂオ喧嘩の種もなくなり、放送も完全に聽くことができる。セツトが一つのために放送が半分しか聽けないのは新聞を片面しか讀まないやうなもので勿體ない話である。尤もこれは多人數の家庭に必要なことで、一人では如何に頑張つても同時に二つの放送は聽けない。新聞は何種類取つても讀みこなしに差支はないが、ラヂオは聽き外したら、それでおしまひだ。

私は職掌柄報道關係の放送を家庭にゐてもできるだけ多く聽くので、折角子供が「第二」を樂しんでゐる時、それを「第一」に切り換へるに忍びない。新聞社にゐた時は新聞の精讀が重要な仕事の一つになつてゐたが、放送局に入つても勿論新聞は精讀してゐるし、またしなければならない。つまり新しく「聽く」仕事が殖えたのである。