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「追いかけてみようじゃないですか。まだそう遠くへは行くまいと思うが――」
探偵小説家の長谷川は壁の貼紙から目を離すと、いきなりそう言ってドアのほうへ踏み出した。が、冬木刑事は何かほかのことでも考えていたらしく、
「跡を追いかけるですって」
と気乗りのしない返事をしながら、
「とてもだめでしょう。どっちへ行ったか、もう分かるもんですか。それに――ぼくは――」
と、やはり何か考え込んでいるらしい口吻である。
「何か怪しいことでもあるんですか?」
勢い込んだ腰を折られた長谷川が、踵を返しながら訊いた。
「ええ、いまふと考えたんだが、あの男を犯人と睨むのはちと見当が違うと思うんです」
「どうしてです! 凶器まで持ってったじゃないですか?」
「凶器? さあ、それも疑問だが、とにかく犯人にしては少々悪戯が過ぎてるとぼくは思うんだ。いくらなんでも、自分が人殺しをしておいて、翌日、様子を見に来るだけならまだしも、こんな貼紙までしていくなんて、ちと念が入り過ぎていますよ」
「しかし、横着なやつだと、これくらいの悪戯はやりかねないと思いますがね。それに、昨日も四階からエレベーターに乗ったというし、ぼくはどうもこの部屋で凶行を演じたんじゃないかと思うんですが――」
「この部屋で?」
意外な言葉に、冬木刑事は目を見開きながら、探偵小説家の顔を見た。
「どうも、そんな気がしてならないんですがね――」
「では、ここへ誘き出して殺したとでも言うのですか?」
「まあ、そうなんです」
「だって、この部屋にはだいいち窓がありませんよ」
「そりゃ、なにもここから投げ出さなくともいいのです。四時半といえば、みんなが帰ったあとですから担いでいってもいいし、それに隣の部屋はちょうどあの部屋の真下ですもの。もしそこにだれもいなかったとすれば合鍵を使って、四階の窓から投げ落とせないこともないのです」
「しかし、それなら何か凶行の痕跡が残っていそうなものなのに、足跡はあるがほかになんにもないじゃないですか?」
冬木刑事はがらんどうの部屋の周りや床の上を見回しながら、相手の言葉を否定するように言った。