和紙
本文約35,400字 ・ 読了時間 約71分
あらすじ(AIが作成しました)
徴兵を控えた友太は、弟の出征中にお腹の子を宿した女性としゑからの相談を受ける。村の製紙業で働く彼は、誰にも秘密を打ち明けられない苦悩を抱えながら、家族に背中を押されつつ戦地へ向かう準備を進める。冬の寒さの中で一心不乱に紙を漉く日常の光景と、戦争という抗えない運命に直面しながらも、静かに家族や自身の未来を見据える男の心情を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
昨夜寝床に入ってからも、あれこれと思いめぐらしてみたのだが、別にこれという嘘言も浮かんでは来なかった。新聞の広告で見た新刊書がどうしても買いたくなったからと、半日をつぶすにしてはいかにも気の利かない口実とは承知でも、ともかくそんなことで町へ出ることにした。まだ細紐だけで炉の火を焚きにかかった母に、起きがけの一服をつけながら友太はさりげなく言い出した。
「……何せ、早く買わねどすぐ売り切れてしまうで……。」
「んだどもや。この頃は何でもそうだ。」
何も知らない母は気の毒だったし、自分としても、この上もない気苦労をさせられることを考えると、弟の惣吉が今更いまいましいものに思われてくるのであった。
昨日突然、としゑからの手紙を受けとると、早晩何か面倒を持ちかけられそうな不安が絶えず心を掠めていただけに、友太の心はもう重苦しく沈んでしまった。是非相談をしたいことがあるから、この前の旅館まで来てほしい、こちらからは二時までに間違いなく行っている。村までお訪ね出来ない身の上をお察しいただきたいと、そういう意味が割合しっかりした文章で書いてある。封筒の名はとしゑをもじったつもりであろう、つとめて男めかした筆跡で、山田敏英としてあった。はじめての人だが誰だろうと訝る妹のよしには、専売局の友達が惣吉の行先を訊いてきたのだと、それでも咄嗟に誤魔化すことが出来た。相談というものの見当も皆目つかないが、何かあったら遠慮なく言ってくれと、あの時はっきり言い切っている手前もあり、会わないわけにはゆかなかった。先方には、なるほど日曜という休日には相違ない。しかし、こちらの村の仕事では平日に変りはなく、しかも今最繁忙期である大切な半日をつぶすことが、どんなものであるかを一向に考えていないことにも、最初は腹立たしくさせられた。が、落ちついてみれば、これは、女工である女にそこまで気の配れるはずはなかった。