ラクダイ横町
本文約6,100字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
山奥で育った少年いのきちは、町への憧れを抱き、やまもと先生の紹介で大学近くのミルクホール「オリオン軒」で働き始める。そこは学生たちが遊びにふけって留年を繰り返す「ラクダイ横町」にあった。ある日、留年が決まった学生よしむらから、空に輝く「オリオン」の三つ星が持つ五百光年という壮大な時間を教わる。少年は、それまで経験した自然への驚きを超え、新たな世界への広がりと深い感銘を胸に抱く。
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ラクダイ横町という、へんなあだ名の横町が、大学の近くにあった。きっさ店や、カフェーや、マージャンクラブなどがのきなみにならんでいて、少年は、その中のオリオン軒というミルクホールに働いていた。少年の名は、いのきちといった。
いのきちは、山で生まれた。湖の上を流れるきりをおっぱいとしてのみ、谷をわたるカッコウの声を、子もり歌にきいて、大きくなった。
駅までいくのに、二時間もあるかねばならなかったし、その駅から汽車にのって、日本海にでるのに三時間、また、南にむかって、太平洋を見ようとすれば、たっぷり一日がかりというような山おくであった。ちょうど、いのきちの生まれた朝、おじいさんが、うらの谷で大きなイノシシをうちとめたので、その記念に、いのきちという名をつけられたのだという。そんな山の中でそだったのだから、五年生の春の遠足で、はじめて日本海を見たときに、いのきちたちは、どんなにおどろいたことだろう。
「これが、海だよ。」
と、先生がいわれた。
「この海が、ずっと、むこうのロシアにつづいている。」
こういいながら、波うちぎわに立って、遠い、はい色の空を指さしておられた先生のすがただけを、はっきりおぼえている。先生のうすいオーバーのすそが、風にまくれてうらがえり、先生のぼうしが、とびそうで、とびそうで……。けれども、そのときに、先生がどんな話をされたのか、ほとんど、おぼえていなかった。そしてただ、黒い海面を、あとから、あとから、走ってくる白い波と、いつやむともわからない強い風とが、いのきちたちの心をひきさらっていた。
いのきちや、いのきちの友だちは、波うちぎわに、ごろごろころがっている、大きなにぎりめしほどある石が、波にあらわれて、すっかり、たまごのようにまるくなっているのにおどろいて、それを一つずつもって帰った。
「石におどろけ――ということばがあるが……。」
と、山の村へ帰ってから、先生が話をされた。