TRENDIA CLASSIC

憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず

吉野作造

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去年十二月一日より東京に開かれたる全国中学校長会議において、高田新文相が特に訓示を与えて立憲思想養成の急務を説きたる事と、水戸中学校長菊池謙二郎氏が起って大隈内閣の居据りと立憲思想との関係の説明を求めて文相に肉薄した事とは、著しく世間の耳目を惹いた。訓示の一節に曰く。

(上略)中等教育ニハ種々ノ方針アルベキモ、余ノ見解ヲ以テスレバ、立憲思想ノ養成ヲ刻下ノ急務ナリト信ズ。我ガ国ニ於テハ、憲法施行以来日尚浅ク、国民ノ憲政ニ通ゼザルコトハ過般ノ総選挙ニ於テ見ルニ明ラカナリ。立憲政治ノ運用ヲ愆マラザルト否トハ、国家ノ重大問題ナレバ、特ニ中等教育ノ任ニ当ルモノハ充分其点ニ関シ留意セラレンコトヲ希望ス(下略)。

従来歴代の文部当局者も中学校長会議に同様の訓示を発せし事これまであったかどうかは、予の明知せざる所なれども、多年野に在りて立憲思想鼓吹の必要を唱え来りし高田氏の事なれば、今度特にこの点を力説高調して中学校長諸氏の注意を喚起したのは怪しむに足らない。

これまで同じような機会に同じような訓示を発した事は仮りに無いとしても、民間における立憲思想の養成を必要とするの説は、決して新しきものではない。しかして教育機関の協戮によりてこの思想を民間に普及する事が最も手短かにして且つ最も有効なる方法なりという事も、実はよほど早くから認められておった。中学校教科課程の中に法制の一科を加えたのもこの趣旨に基づくのである。しかしながら、これらの施設は果たしてその目的を達したであろうか。我が国の憲政はその創設以来既に四半世紀の星霜を閲して居る。しかもその間憲政に対する国民の思想はどれだけ進歩したであろうか。今日この際文相の口より改まって立憲思想養成の必要を聞くのは、たまたま民論開拓の過去の努力の不成功を証明するものではあるまいか。