TRENDIA CLASSIC

水車のある教會

オウ・ヘンリ

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レイクランヅはハイカラな避暑地の目録には入つてゐない。クリンチ川の小さな支流に臨むカンバランド山脈の低い支脈の上に在る。もと/\レイクランヅといふのは、寂しい狹軌鐵道沿線の、二十數戸の靜かな村の名である。まるで、鐵道が松林の中で道に迷つて、怖く淋しくなつて、その村へ逃げ込んだやうにも見え、又村の方が道を失つて、汽車に故郷へ連れて歸つて貰ひ度さに、線路のふちに固まり合つてゐるといつた風にも見える。

それに、レイクランヅといふ村の名も變だ。湖水なんか無いんだから、そのほか、附近には取立てゝ云ふ程の物もない平凡なところだ。

村から半哩ばかりのところに、イーグル・ハウスといふ大きな廣い建物がある。それは安直に山の空氣を吸ひたいといふ人達の便を計つて、ヂョウシア・ランキン氏が建てたものである。そこの經營は愉快な程下手で、現代風の改良など施さず、萬事古風のまゝである。全くうつちやらかし、遣りつ放しなのも、自分の家にゐるやうな氣がして、暢氣で面白い。しかし、綺麗な部屋をあてがはれ、食べものはいゝ上に十分だから、あとはお客の方で松林へでも出て遊べばいゝのである。自然はこの土地に、鑛泉や、葡萄蔓のぶらんこや、クローケをめぐんでくれた、――その球戲に普通用ひる鐵輪も、こゝのは木で出來てゐる。又、藝術の方面では、たゞイオリンとギタとの合奏位に過ぎないが、週に二度の園亭の舞踏會で、音樂が聽ける。

イーグル・ハウスの常客連は、たゞ遊びに來るといふだけでなく、必要上保養に來る人達である。彼等は、一年中動く爲めに、二週間ごとに卷くことを必要とする時計にも譬へるべき、忙しい人達である。方々の都會の學生、時には畫家や、その邊の古い地層の研究に沒頭してゐる地質學者などの顏も見える。こゝで夏を送る幾組かの家族もある。又、この土地で「學校の姉さん達」と呼ばれてゐる忍從を旨とする婦人宗教團の團員達も、よく疲れた顏を見せる。