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イヴァン・セルゲーヴィチ・トゥルゲーネフの記念に
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一
「畏くも天の下しろしめす皇帝、ピョートル一世陛下の御名代として、余は本癲狂院の査閲を宣す!」
甲高い、耳がびんびんするような大音声で、そんな文句が述べ立てられた。インクの汚点だらけの机に向かって、ぼろぼろの大きな帳簿にその患者の名を書き込んでいた病院の書記は、思わず微笑を浮かべてしまった。だが患者を護送して来た二人の若者は、にこりともしなかった。二昼夜というものまんじりともせずに、この狂人と面と向かい合って汽車に揺られた挙句に、ここまで連れて来たのだから、立っているのもやっとなのである。降りる一つ手前の駅で狂気の発作がひどくなったので、何処やらで狭窄衣を手に入れて、車掌や憲兵に手伝って貰って患者に着せたのだった。そのまま彼をこの町まで運び、いまこの病院に送りとどけたところである。
見るも怖ろしい姿だった。発作の時ずたずたに裂いてしまった鼠色の服のうえから、刳り込みの大きいごわごわのズックの狭窄衣が、ぴっちりと胴体を緊めつけている。長い袖が、両腕をぎゅっと胸の上に十文字に組ませ、背中でくくり上げてある。真っ赤に充血した両眼は大きく見ひらかれ(これで十日のあいだ一睡もしないのだ)、じっと動かぬ燠火のように燃えている。神経性の痙攣が下唇の端をぴくぴくと引っ攣らせ、くしゃくしゃになった縮れ髪が、まるで鬣のように額に垂れかかっている。そうして事務室の隅から隅へずしずしと足早に歩き廻って、探るような眼つきで書類のはいった古戸棚や油布張りの椅子をじろじろ眺めたり、時には護送人の方をちらりと見たりする。
「病棟の方へ御案内して。右の方です。」
「僕は知っている、知っているよ。去年も君たちと一緒に来たことがあるからな。僕らはこの病院を検閲したんだよ。僕は何もかもすっかり知ってるんだから、そう易々とは騙されんぞ。」