だだをこねる
本文約2,600字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
都会の生活を嫌い、無気力に日々を過ごす自身の生き方や、働くことの厄介さ、人間関係への不信を綴る。病院退院後、大島や能登など各地を転々としつつも変わらぬ怠惰な生活を続け、物への執着が強く自由を愛する自身の性分や、友情に対する自信のなさを吐露する。世俗的な価値観を冷ややかに見つめ、社会から逸脱した乞食のような生活の現実を赤裸々に描く。
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1
こねたところでまるめてみたところできなこはきなこである。かんでみたところでなめてみたところでマメはマメである。時に、ひどく欠伸がでてこまりもしないけれどなんにしてもやりきれない生活感情であることよ! おもしろくないことおびただしいので、私はつねにねそべってバットでも吹かしているのがこの上もない、パライソなのである。その上きれいな水とリンゴと青いものと小鳥の声でもあれば、申し分はない。おれは都会をすかん、ただある因縁によってしばらくがまんしているだけの話だ。私は五十年おふくろとつき合ってみたがまったく女というものはバカでこまるよ。そのバカなおふくろのおなかから生まれた私がどうしてバカでない道理があるものか? ザマア見ろ! てんだ。
2
おれには自分ひとりを支えてゆく能力さえないが別段恥かしくもおかしくもなんともない。おふくろやこどもでもいなかったら、とうにどこかで野晒になってしまっていたに相違ない。もっともその方がよほど気楽かもしれないがね。荘子という本の中に荘子とドクロとの問答がある。ドクロが荘子に向かって己れのたのしみは南面王にも真似は出来まいといって大気焔をあげている。どうかと思うがね。
なんしろ字なんか書くって奴はいとも面倒くさいもんであるよ、みんなよくもまあながながとことや細かくつまんねえ屁理窟やつまらん男と女がどうしたとかこうしたとか、すべったとかひっくりかえったとか凡そベラボーでちんぷでなさけなくはては臍茶なもんやないかないか――だがみんな生きとしいけるものはおまんまというものをいただかなければならないのが、実に厄介センバンだよ。これにはシャッポだ。だから私は凡そおかねのない人達がどんなことをしようとやろうとたいていがまんしてむりもないなと考えながら傍かんしているんだ。